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くらいはなし。 [日々。]

年が明けて半月が過ぎた。

明後日はシマ子の月命日。

10日を過ぎたあたりから徐々に19日を
思い始める。

今ではもう毎日強く思う事はない。
毎日シマ子に供えるお水を変えながら
リビングの写真を眺めながら
自室の写真を眺めながらも
ふんわりと想う日々。

だけど、19日が近づくとそうはいかず
なんとも大きな波の様に悲しさを
思い出してしまう。

何かと見ていたシマ子の動画も写真も
しばらく見ていなかったけど
シマ子が毎晩私の足に絡みついて
夜食を欲しがる姿の動画を久しぶりに見た。

大きな声でごはんを欲しがるシマ子の声に
膝に居たほしが大きく反応した。

ほしはシマ子が嫌いだったから。

でも、声のする携帯に何度も何度も
口を擦り付けていた。

どうゆう意味かはわからないけど、
私は、居ないね、シマ子居ないね、と
ほしに何度も話しかけた。

毎日ではないし、頻度はかなり低いけど
どうしようもない夜が絶対ある。

言葉にならない何を想っているか
自分でもわからない夜がある。

この事はまだ誰にも話せない。

言葉にならないのだから
話せるはずもないのだけれど。

どんな感情も想いも言葉にできるなら
まだマシなんだとふと思った。

普段そんな事なんてほぼない。
口に出さない事は、むしろ出さなくて
良いと思っている事。
出すまでもないと思っている。

だけど、この気持ちは出したくても
出す方法がわからない。

こうしてココにくらいはなしとして
吐き出す事だけしかできない。

本当に日々が不安定なんて事はなくて
まして今年に入ってからは
幸せだなぁと感じる事もたくさんあった。

色んな事を想える様になったなぁと
自分で少しずつゆるゆるとでも
歩き始めている事や、元気になってきた事を
実感する事が多くなっている。

楽しい事は多い。
私の人生は大体楽しい事でできている。

でもたまに悲しい事が起こる。
辛い事が起こる。

そんな事は当たり前で、
何も不思議はないと自分でもわかってる。

ただ、なんでかシマ子の事だけは
どうにもなっていかない。

いつも言うように、単に私が何もかもを
掴んだまま離さないからだと思う。
手離す勇気がまだない。
まだどうしても離れ難く感じてしまう。

居ないのはわかっているし、
姿がなくてもシマ子の思い出も
なくならない事も知っている。

なのに、この気持ちはなくならない。

まぁ、単に寂しいだけだから
無くなる事はないのだろうけど。

有難い事にシマも元気になってくれて
トラもごはんが合ったのか体重も増えた。
ほしも相変わらず元気でいてくれてる。

だから私もこうして自分の感情に
素直に従ってられるのだろうと思う。

手離したくはないけれど
ずっと悲しんでいたいわけでもないのだけど。

そろそろお骨も土に還さないと、と
母親に何度か言われているけれど
まだ寒いから、せめて春まではと言っている。

今までの子たちは四十九日で
大体土に還している。
そうゆうものだからと言われていたし。

シマ子はまだリビングに鎮座している。
きっとみんなを眺めているんだろう。
見守ってくれているんだろう。

私ももうせめて泣くのはやめないと。
寂しさはなくならないけど。

私は泣く事で何を得ているのだろう。

こんなに涙が出るのも不思議だ。

でも元気なのよね。

これも不思議。

また春が来れば変わるだろうか。

変わらなくとも私は私で生きて
いくだけだけれど。

本当にずっと後ろ向きでいられる
そんなポテンシャルもなくて
なんやかんやで前向いている。

もっともっと後ろ向いて
悲劇のヒロインぶって
誰かの所為にしたりしたら
今頃ケロリとしていたのかな。

そんなわけないと思うけど。

まぁ、悲しい時は泣いたらいいか。

嬉しい時はちゃんと笑っているし
心底幸せを感じている時もある。

それが普通か。

それが生きてるって事か。

そうか。

そうかも知れないな。

失くしたものは取り戻せないけど
それを悲しんではいけないという事も
ないか。

そろそろ明るい事を書いていきたいと
考えているのにな。

中々こうする時はこんな時だ。
癖になってしまっているのかな。

今度こそ次は楽しい話を書こう。

猫の事か、日々の事かは
わからないけれど。

今年はみんなで穏やかに過ごして
いける一年になります様に。

ただただ静かに笑顔でいられる日々に
なります様に。

今年もどうぞよろしくお願いします。

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2017年の終わりに。 [日々。]

今年は年末の予定を入れず、掃除やら整理やら。

大掃除とか、片づけるという事が、
なんとなくシマ子との事も片づけて
しまうような気がして、
あんまり気が進まなかったけど

まぁそれはそれとして、掃除した。

クリスマス時期にLIVE行って、掃除して、
張り切ったら熱が出て3日も寝込んだ。

本当ならきっとシマ子を送った時に
出る筈の熱だったろうに。

ゆっくり熱出す暇もなかった。
身体は暇だったけど、
気持ちはずっと張ってたんだろう。

ちゃーを送ったあとすぐに熱出した事を
思い出したりした。

本当に何の前触れもなくバーンと熱が
上がった記憶。

泣き腫らした目で病院行ったら
看護師さんに熱で浮腫んでいると思われて
かなり心配して貰って申し訳なかった。
そんな思いで。

今年は色んな事があったと思うけど、
やっぱりシマ子の事以上の事はないな。

まだ4ヶ月しか経ってない事に驚く。

もうホントずっと居ないみたい。

だから居ない事には多分もう慣れていて
他の猫たちとの時間も定着してきた。
日々が少しずつまた新たにできてきた。

でも、ふと思う。

シマ子どこ行った?

なんで居ないの?

なんでなんだろうなぁ。

今、シマ子が居たら完璧なのに。

空いた風穴にずっと風が吹く。

閉じない。

閉じてないと教えてくれる風が吹く。

父親の事があったとはいえ、
あんなにも無気力に日々を過ごした事が
生まれて子の方あったかな?と思う。

いつだって仕事があったし、
嫌でもカレンダーを見て、時計を見て
日々を生きていくしかなかった。

今年はそれがなく、悲しみだけが
ただただ私に巻き付いていた。

悲しさしかなかった。

寂しい、ありがとう、またいつか。

本当は悲しさしかなかった。

失う事の重大さ。

自分が冷静になれなかった事への後悔。

先に進む事への罪悪感。

私はずっとあの時間に縛られ続けて
居たかった。

でも悲しいかな、
そんな事が長く続くわけもなく。
私もそこまで不健康になるわけもなく。

楽しい事を楽しみ。
嬉しい事を喜び。
愛する事を欲した。

私は紛れもなく1日1日生きていた。

シマ子が居ない時間を。
この世界を。

やっぱり私は生きていくだけ。

ただ、それがとても悲しかった。

忘れてしまいそうで。

こんなに大切なものを
いつか忘れてしまう気がして。

生きていく事は忘れる事でもある。

それは悪い事ではない。
私はそう信じている。

だけど、今だけはなに一つ忘れたくない。
なに一つもう失いたくない。

もうシマ子との時間が紡がれる事もない。
何も生まれる事はない。

だから、今年だけはこの手にあるものを
かたくかたく握って、落とさないように
これ以上の何も手の中に入れないように
過ごしてきたのだろうと思う。

自覚はない。

今思うとそうゆう事なんだろうと思う。

LIVEに行くと幸せだった。
楽しかった。

だけど帰ると悲しかった。
楽しかった分だけ悲しかった。

その手の中にある大切なものが
違うものに置き換えられているようで
悲しかった。

楽しかったのになんで涙が出るんだろう。

きっとそれはそうゆう事だったんだろう。

今思っても後悔しかない日々。

シマ子はかわいくてかわいくて
ただそこにいるだけで幸せだった。

そんなあの子ににしてあげられた事が
何もない。

一緒に居れた事だけでも私は幸せだった。
でもシマ子はもっと幸せになれる筈だった。
私に力が足りなかった。
信じる力が足りなかった。

大切な大切なシマ子を失った年が暮れる。

この先も後悔は続いていくだろう。

だけど、私は生きていく事をやめないから
その後悔と共に、シマ子の面影と共に
この家で今後も今の子たちを愛していく。

納得のいく事なんて少ないだろうけど
それでも諦めはせずに、シマ子も忘れずに
ずっと歩いていこうと思う。

シマ子、一緒にいよう。

こんな悲しい年はなかった。

こんな悲しい年は今年で終わりにする。

また明日からみんなで生きていく。

シマ子。
いつだって愛してる。
忘れる日が来ても無理矢理思い出すよ。

だから忘れないで。
絶対また会う約束を。

悲しみも全部持って待っているから。
なに一つこぼさないように持っているから。

大事な大事なシマ子。
本当にありがとう。
幸せいっぱいありがとう。
幸せにしてあげられなくてごめんね。
また次会う時は必ず毎日笑って過ごそう。

うちの子も、どこの家の子も、お外の子も
みんなみんな幸せでありますように。

動物も人間もあたたかい時間を過ごせますように。

悲しい事がなくなりますように。

幸せな事がたくさんありますように。

よいお年を。
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ちーの日、ちゃーの日。 [猫。]

少し過ぎてしまったけど、

11/26はちーの日。
5年が経ちました。

12/2はちゃーの日。
4年が経ちました。

今年も仲良く日が近いね。
当たり前だけど。

今年はシマ子の事があったので、
例年以上にちーとちゃーの事を
思い出していたような気がする。

あの頃と一体何が違ったのかな?と
思っていたけど、しっかり思い出したら
ちーの時もちゃーの時も後悔が沢山。

きっと誰とお別れしても同じ事を
思うのだろうなと改めて思った。

中でもちーはシマ子みたいに仕事もせず
びっちり見る事ができたので、
その点では後悔は少なかったけど、

その分、ちゃーの時は仕事も忙しく
ちゃーもごはんをしっかり食べてくれて
いたからそれに甘えていた事を
お別れしてから気づいて愕然とした。

4年経った今でも、
午後の出勤の時、何度名前呼んでも
何回も何回も尻尾で返事してくれた事
それが嬉しかった事が思い出せる。

シマ子もいっぱい返事してくれたなぁ。

ちゃーはそれを望んでいなかったかも
知れないけれど、もっともっと手を
時間をかけれたのではないかと
今でも思う。

どちらもシマ子ほどごはんに
手こずる事がなかったのが
本当に救いだった。

特にちゃーは毎日しっかり食べてくれた。

ちーもしんどいながらも食べたいものは
ちゃんと食べてくれたし。

あれからもうこんなにも経ってしまった。

それでも、軽くなったちーの身体や、
少し痩せてもしっかりしていた
ちゃーの重さも思い出せる。

鳴き声もなにもかも。

16年と17年と長く一緒にいたからね。

手が全然かからなかった子たちだけど
思い出はいっぱいある。

ちーちゃん、ちゃーちゃん、
そこにシマ子はいますか?

特にちーとは半年ほどしか一緒に
居なかったけど、嫌がりもせずに
二人は受け入れてくれていたもんね。

あの時は本当にありがとうね。

もしも、シマ子がひとり寂しそうに
してたら、どうか側にいてあげてね。
今だけでもいいからね。

ちーとちゃーはいつまたうちの子に
なりますか?

ずっと待っているからね。

また小さなままでもいいよ。
ちゃんと哺乳瓶で育てるから。

前よりももっともっと大切にするから。

どうかシマ子をよろしくね。

そして、そのうち、またうちに…ね。

美味しいごはんもいっぱい用意するから。
今度はもっともっとだから。

ちーちゃん、ちゃーちゃん、
本当にうちの子になってくれて
ありがとうね。

また必ず会いに来てください。

また必ず会おうね。

じゃぁまた、来年。

大好きよ。

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シマ子 3ヶ月。 [猫。]

今日でシマ子とさよならして3ヶ月。

やっぱりまだそんだけしか
経ってないんだなぁと思う。

日々の暮らしの中では3ヶ月なんて
ホントあっという間に過ぎていく。

だったらシマ子の事、
抱き心地とか、体の感触とか
毛の触り心地とか
もうちょっと簡単に思い出せても
いいのにと思う。

抱き上げたらふにゃふにゃで
全然まともに抱っこできなかった。
抱っこも好きじゃなかったけど。

ホント記憶が遠い。

もちろん思い出そうと思えば
いくらでも色んな事を思い出せるけど
そうじゃなくて、当たり前にあった
温度とか感触とかに手が届かない。
それが未だに慣れない。

最近、親の部屋は閉められる事に
なった。
寒くなると色んな所を解放してると
他の部屋も寒くなっちゃうから。

ドアが閉まってるのは
ずっと当たり前だった。

シマ子とトラたちは別部屋だったから。

前の冬だって、親の部屋にシマ子が
居た事もあった。

だから思わずドアを開けてしまう。

ドアを開けたらこちらに気づいて
口を開けずにふぅんって鳴いて
シマ子が顔をあげてくれるかな、とか。

絶対ない事はわかってるのに。

むしろ、そうならない事を確かめる為に
私はドアを開けているのかな。

寝る前階段を上っていくと、
私を待ちながら少しずつ上がってって
先に部屋に入っていく。

階段に隠れて待っていると
鳴きながら迎えに来てくれる。

そうゆうのはほぼ毎日思い出す。

そんなしょうもない事が
とにかくかわいくて楽しくて幸せだった。

改めて考えても可愛すぎる子だった。
賢くて私をたくさん驚かせた事も
本当に言葉にならないくらいに
かわいい子だった。

自分のとこの子がかわいいのは
当然なのだけど、なんだか特別に
かわいい子だった気がする。

まぁ何度も言うけど、大病をしたから
余計そう思っていたのかもしれないけど。

見送ってきた子は全員かわいかったし
お別れは悲しかったけど、
本当になんだか特別感が否めない。
私にもよくわからないのだけど。

スルリと私の手から居なくなって
しまったから余計なのかな。

まぁ、3ヶ月だろうが半年だろうが
この気持ちはずっと変わらんのだろう。
ずっと同じ事言ってるけど。

ホントもう普通に過ごしていて、
写真見ても、動画見ても涙が出るのも
減ったように思う。

だけど、こうして改めて書いてると
涙が止まらない。
毎日毎日思い出してはいるのになぁ。
不思議。

3ヶ月なんてホント信じられないわ。

次に会えるのは一体いつなのか。

シマ子、どうしてる?

早めに帰っておいでよ。

…まだゆっくりしてないとか
言わないでさ。

早めにお願いよ。

ずっと待ってるからね。

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日々過ぎて。 [日々。]

もうすぐシマ子が旅立って3ヵ月。

父親の再手術が終わり、退院のメドもつき、
病理の結果も良好だった。

術日からしばらくは気も抜けなかったし
心配もあったけど、その後は日に日に
良くなっていってる様に見えていたので
こちらも少し気が楽だった。

とは言え、食道と胃の一部を失った。
もしかしたらしなくて良かった手術かも
知れない。
もちろんそんな事言っても仕方がないけど。
そして結果論でしかない。

それでも、失った代償は結構大きそう。
まだ術後1週間程度なので、今後は
もう少し良くなるのかも知れないけど。

こだわりはそうないにせよ、
比較的食べる事が好きな父親なので
思う様に口に運べなくなるのは
気の毒に感じてる。

ただ、命には代えられない気もする。

手術前も絶対切らないとダメでは
ないけれど、今後をどう見るか?
みたいな話だった。

本人は悪いものを残しておく
つもりはないとはっきり決めていたし
こちらとしても本人がそれでよければ
安心かなとも感じていた。

結果がどうであれ、今の安心を求めて
その結果を得たという事なのだから
きっとこれで良かったのだろう。
そして、そう思いたい。

とにかくもう再発などしないで、
少しずつ今の体にも慣れていって
少しでも楽しい人生を送って欲しいと
心から思う。

病に伏せるにはまだ早いからね。

そちらはまぁひとまずはひと段落で
良かったね、という感じ。

まぁ、相変わらずだけど私のシマ子への
想いはどうにもこうにもなってない。

当然思い出す時間も減っていて
毎日毎日泣いて暮らしてもいない。

だけど、やはり、考える。

この事に関しても結局は結果論なのだけど。

何をすればシマ子がもっと楽に幸せに
過ごせたのだろうか、と思い、

片方では、寿命として終わりは決まって
いたのかも知れないし、
肺の状態も変化していっていて
あのまま過ごしても苦しんだかも知れないし
これで良かったのではないか、と思い、

それでももっと一緒に居たかった、
ただそれだけだった、と思い至る。

誰もがそうだろうと思うけど、
ただただ一緒に過ごしたかった。
ずっとずっと一緒に。

叶わない事だと知っていても
願わずにはいられない大事な子だった。

結局この思いなんて、私の後悔であって
それさえ解消できていれば
ここまで思わなかったのだろうかとも
思ったりする。

とにかく冷静さを欠いた決断ばかりを
繰り返してしまった事への後悔が
やはり一番大きいと思うから。

私のせいで…

でも、

何をしても変わらなかったのかも…

何度思っても、やっぱりもっと良い道が
少しでもマシな道があったとしか思えない。

シマ子にはごめんね、しか言えない。

こんな私と一緒にあんなにも頑張ってくれた。
感謝しかないのよ。
本当に。

いつまででも、いくらでも悔やもうと決めて
ずっと過ごしてきた。
いつかは、この想いも何かに変わるかと
思っていたのだけど、何も変わらない。

私はこの悔しさと悲しさを
多分忘れたくないのだろうなとも思う。

後悔はする。
悲しい。
涙も出る。

でもこれは私が自分を傷つけている
わけではない。

傷がついたなら、それはシマ子との間を
引きちぎられたそれだけ。

去年の今頃、トラくんに足を噛まれて
長らく家で療養をしていた。

1年経ってもまだ傷はしっかり残っていて
雨の前などには電気が走るような痛みが
ある。

結構痛くて嫌になる事もあるけれど
この痛みや傷は消えなくていいと思った。

トラとの思い出になると思ったから。

それと同じように、シマ子との思い出も
辛かろうが悔しかろうが何だろうが
消えなくていいのだろう。

きっとそれを私は望んでるんだろう。

生活の中でのこと、仕事の事、人間関係、
どれにつけても私はそこまで思い悩まない。
そこに生死が関わるならまた違うだろうけど
そんな事はあまり起こらないから。

シマ子が居なくなってしまった事だけが
問題なのではないと思う。
本当に大切なもの、というのが
きっと私にはやはり家族なのだろうと思う。

ずっと色んなものを大切にしてきた
つもりだし、今もそうだと思っているけど
きっと本当に自分の片割れくらいに感じる
存在というのは今の所今の家族だけ
なのだな、

だったらもう改めてそう思って
一層大事にしていくしかないし、
していこうと思う。

ずっと心配していたシマの体調も落ち着いて
食欲もしっかりあったり、安定していたのに
私と母親が病院に行く日が多いので
猫だけが留守番の日も増えてしまったからか
この3日くらいは食欲がガクンと落ちた。

その前から少し残すなぁとは思っていたけど
夏頃の悪夢再来かの様に1日10g程度しか
カリカリを食べてくれない日が続いてる。

今日は私は1日家に居たし、
ごはんの内容も少し変えたからか、
少しずつ食べる量は増えてはいるけれど
体重もすっかり戻ってしまって、
背中の骨も少し触れてしまう。
冬なのに…

寒さもあるのかもしれないけど…

今後の事も考えてロイカナのフードを
やめようと思っていて、
色んなものを試している。

その中でトラが珍しく気に入って
やたらおかわりをせがむくらいで
もうそのごはんを腎臓用にしようと
半ば決めかけていたのだけど
結局シマはそれが嫌なのでは…と
いう疑いがある…

あと、口内炎用に飲ませていた
セラプトを止めてしばらく経つのだけど
もしかしたまた歯が痛いのかな?とか。
口臭はそこまで気にならないのだけど…

一度噛む事に痛みを覚えてるから
中々力いっぱい噛めないのかも…

今暫定で腎臓用に食べているのは
ハッピーキャットの腎臓用ごはん。

あれだけ何度もせがんだトラさえも
今日は少し残し気味…

この3日くらいが尋常な程だったので
落ち着いてよかったとも思えるけど
もしやもう飽きるのでは…とも…

100%ハッピーに変えて3日くらい。
まだ一応少し残っている腎サポを
トラにあげても全く見向きもしない。

シマ子もそうだけどずっと同じものばかり
食べさせてきてしまったから
トラくんにも少し違ったものを食べて
貰いたいから、このまま腎サポに
戻る事はないと思う。

そもそもシマがロイカナ製品全部ダメだし
この機会に色々入れ替えていこうと思う。
よいお店も見つかった。

うちはローテーションとか全然せずに
今まで来てしまったから全くわからないけど
今居る子たちが少しでも美味しく体も労れて
楽しいごはんであるようにしたい。

家族が揃って、寂しくなくなったら
ちゃんと食欲も戻ります様に。

そろそろおしっこ持って病院にも
行かないと。

ホントならもっと早く行かなくちゃなのだけど
調子がいい時、病院行って悪くなる時が
あるからなかなか躊躇してしまう。
精神的なものだと思うのだけど。

私も長らく仕事も少しのお手伝い程度で
過ごしてきたので、お財布も寂しいし
そろそろちゃんと探さないとね、とも
思うので、気合が必要だなぁ。

仕事探しとかもう長らくやってないから
不安しかないけど、自分の事なら自分で
解決が可能だから全然いい。

自分以外の事だったらそうはいかないから。

だとしても色々凹んだりするんだろうな。
それでもま、やんなきゃな事だから。

とにかく父親の事が少し明るい方に
向かっているので良かった。

猫たちの事は引き続きしっかり見て
それぞれに対処していこう。

シマ子はもう居ないけど、
今年が終わる頃には、やっと落ち着いたねと
家族で笑ってお正月を迎えられる事が
今は一番の願い。

当然猫たちもすこぶる健康でいておくれ。
私も精進する。

季節が変われば、去年の今頃には
シマ子はこんな事をしていたなぁと思い出す。

絨毯でごろんごろんとするのが好きだった。

寒くない様にいつだってフリース毛布を
みんながかけてあげていた。

まだまだそこかしこにシマ子の残り香でも
ありそうな気がする。

日々の寂しさではないけれど
声が聴けない、この手に抱けない寂しさは
言葉にするにも難しい。

まだ3ヶ月。
それなのにもうずっと居ない気がする。

忘れたくない想いのまま、
このまままだまだ抱えていく。

またいつか会えます様に。
うちをまた選んでくれます様に。

シマ子。
大好きよ。

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シマ子 2ヶ月。 [猫。]

2回目の月命日。

四十九日に仕舞ったお線香も
今日は出して、おいしいごはんも
久々に。

2ヶ月かぁ…と思うけど、
むしろ2ヶ月前までシマ子のが
居たなんて思えない。
もうずっとずっと居ないみたい。

日々の生活はほぼ普通になっていて
もう毎日泣く事もなくなってきた。
まぁ、やっとか、って感じだけど。

ずっと、どうにもならない気持ちで
あまりに悲しくて、止まらない涙に、
この悲しさは、もしかして後悔に
対してで、シマ子に対してでは
ないのでは?と考えてみたり、

大分彷徨っていた。

いつか悲しみに底まで辿り着いたら
この悲しみは悲しみ尽くしたと
なるのかも知れないとも思っていた。

でも、四十九日を過ぎた頃に気づいた。

悲しみや寂しさに終わりなんてない。

わかってたはず!とも思わなくもない。
だけど、悲しんでも悲しんでも
泣いても泣いてもいくらでも湧いてくる
気持ちがいつか終わるものだと
思いたかったのかも知れない。

今でもふと気を抜くとダメだけど
普通には暮らせていると思う。

それまでは、寝る前に電気を消すと
何故か色んな事が蘇って来て
眠れなくなることばかりで。

未だぐうたらとしてるから
それでも朝ゆっくり眠れていたけど
熟睡できたと思ったのはほとんど
なかったかも知れない。

今は少しずつ眠れる様になってるけど
夢はすごく見るので、熟睡してる
感じはまだそこまでないかな。

当然思い出さない日はないけど
無理に思い出そうとしなくなったかも。

無理に、というのは語弊があるけど
なるべく我慢しないでおこうと思って
日々過ごしていたから、少しでも
悲しく思えば泣いていたし、それで
いいと思ってその時はいて。

でも、今は少しは我慢というか、
もう終わりはないのだから
悲しみの中に何かを探さなくていいと
思えたから少し気持ちが楽に
なった様な気がしてる。

上手く言葉にできないのだけど…

でも、ホント悲しさや寂しさに終わりなんて
ないんだなぁと改めて思う。

まぁ、シマ子の事ばかり考えても
いられない状況もあるのかもだけど。

シマ子と一緒に病気と悪戦苦闘してた
日々が本当に遠い昔に思える。

ずっと病気のシマ子しか思い出せなかったけど
今は元気だった頃のシマ子もたくさん
思い出せる様になった。

先週くらいに写真立てを買いにいって。
もう四十九日も過ぎたし
ちゃんとしてあげないとと思って。

納得のいくものは買えたから良かった。
帰ってから写真をちゃんと入れてみたら
あぁ、もう本当にシマ子にやってあげる事は
何もなくなってしまったんだなぁと思った。

そして、改めて居ないんだなぁと思った。

ある意味儀式みたいなものだから
そうゆうのがある度に思う。
居ないんだなぁって。

ずっと6年しか一緒に居られなかったと
思っていたけど、よくよく考えたら
外時代もほぼ毎日顔も見ていたし
一緒に居たよなぁと思い出した。

家に入ってからは外時代の事なんて
思い出す事もなかったけど、
いつもうちに向かって歩いてきてた
ブロックの上を眺めながら
尻尾立てて、軽やかに小走りで
よく来てくれていたなぁとか、

私のバイクの上で眠っていたり、
車に乗ってて父親に怒られていたり、
外で何かすればスリスリと寄って来て
絡みついてきていた。

かわいかったなぁ。

14年間ずっとずっとかわいかったよ。
小さな身体で妊娠した事も
しっかり4匹育てた事もビックリしたし
人が大好きで誰彼構わず寄っていっては
たまには嫌がられて。

そんな暮らしから病気はしたけど
一緒に暮らせて本当に良かった。

あの時、あのまま失っていたら
こんな後悔じゃ済まなかっただろうなぁ。
ちゃんとお世話させてくれて、
ちゃんと元気になってくれた。

改めて感謝ばかり。

寂しさはまだまだ消えそうにないけど
次また会えると信じているから。
いつか会える日を楽しみにしてるよ。

お父さんが手術だったり、
お母さんも倒れたり、
本当に我が家はまだ全然落ち着かない。

だけどなんとかやっていくから
見守っていてね。

シマ子、改めてたくさんの幸せを
ありがとうね。
何度考えても本当に本当に
幸せだったよ。

早くまた会えますように。

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シマ子 四十九日。 [猫。]

ねぇ、シマ子、

もう四十九日だって。
早いね。

最初の頃は1日が長くて長くて
どうしようもなかったけれど
今はもうそうでもなくなったよ。

何故か週の真ん中になると妙に
寂しくなったり、涙が出たりしたから
なんでかな?と思ったら、
初七日からずっとそれは
木曜日だったからなのかもね。

丁度一週間前もどうしようもなくて
本当に困ったよ。
それでもまぁ、勝手に日は過ぎてく。

もうすぐ四十九日だなぁと思いながら
過ごしてきた一週間だったかも。

毎日お線香たいて、
缶詰をあげる時もたいて、
家族はお父さん以外それぞれに
たいたりしていて、もう1箱無くなったよ。

9月の中頃はあまり気配を
感じなかったのだけど、
このところは少しだけ感じる事があるよ。

四十九日とは言うけれど、
シマ子はここから本当に旅立って
いくのかな。

まぁ旅立たないと次またうちに
新しい顔で来れないだろうけども。

それにしても、いつまで経っても
シマ子の居ない生活には慣れないな。
これもいつかは慣れるのだろうけどね。
でもしばらくはまだ無理そう。

夜寝る時に電気を消すと、
何故か色んな事を思い出してしまう。
大抵はお別れの日の事なのだけど、
それ以外は、前の日珍しくくっついて
きた事とか、ふと私を探す姿とか…

あとは、この1年半くらいは忙しくて
自分の為だけに生きてるなんて
本当に思ってなくて、シマ子たちの事も
家の事も仕事の事も自分の事以上に
やってるつもりだった。

だけど違ったなぁと今は思うよ。
自分の都合の良い様にやってただけ。

シマ子が春になってもやたら私に
くっついてきていた事、
気づいていたのに、ちゃんとして
あげれなかった事を一番後悔してる。

なんかしんどかったのか、
どこか痛かったのかわからないけど
心細い気持ちでいたろうに、
私はそれを本当の意味で
わかってあげられてなかった。

どちらにせよお別れがあったとしても
もう少しマシな生活をして貰いたかった。
それは本当に私がちゃんとして
なかったから。

本当にごめんね、シマ子。
辛い時間が長かったね。

その後もたくさん後悔があるよ。
だけど、シマ子と一緒に、
ずーっと一緒に居れた時間は
本当に本当に宝物でしかないよ。

しんどい思いも、辛い思いも
たくさんさせてしまったけど、
さいごの三ヶ月ずっと一緒で
本当に良かったと思ってる。

さいごの時、シマ子は何を見たの?
泣いて名前を呼ぶ私?
お母さん?お父さん?
部屋の何かだった?

苦しむシマ子に何もしてあげられ
なくて、その時の事は本当に何回も
思い出すよ。

あの時、どうすればよかったのかな。
ずっと考えてる。
もう意味のない事なのかも
知れないけれど。

抱き上げてしまった事も
本当に良くなかったかも知れないと
思うのだけれど、
それでも私の腕の中で送れた事は
良かったと思ってる。
わがままなおねぇでごめんね。

苦しそうな顔になってしまって
余計に悲しくなってしまったけど、
翌朝にはもう違っていて、
少し笑ったような顔になってたね。

しんどくなくなったのかなぁと思うと
それは少し救われた気持ちになったよ。

何をしてもきっと後悔をして、
この別れは辛かっただろうけど
本当にもう少しまともな生活の中で
送ってあげたかったと思うよ。

何度謝っても足りないけど
本当にごめんね。

シマ子はこの6年間幸せだった?
病気もたくさんしたけど、
それでも乗り越えて、
少しは美味しいごはんやおやつを
食べれた事は良かったのかな。

私にとっては、本当にかけがえのない
6年間だったよ。
ずっと猫のいる生活をしていても
こんなに言葉を理解してくれる子は
居なかった。
誰もが特別だけど、その中でも
一番特別な子になってたよ。

ねぇ、シマ子。

何度も言うけど、
うちの子になってくれて
本当にありがとうね。

大変な病気を何度も乗り越えて
6年間一緒に居てくれて
本当にありがとう。

次また猫になったら、
必ずうちに来てね。
ちゃんと子猫のうちから来て、
ちゃんともっと長生きして
ずっとずっと一緒にいようね。
約束ね。

ホント夢に全く出てきてくれないけど
そろそろ少しくらい抱っこさせてね。

シマ子、ずっと忘れる事なんて
ないからね。
ずっとずっと大好きなままだからね。
たくさんのごめんの次は大好きと
愛してるとありがとうだから。

シマ子、必ずまたいつか会おうね。
絶対ね。

大好きよ、シマ子。
愛してるよ、シマ子。






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理屈じゃない。 [日々。]

少しずつ少しずつ日々の暮らしから
シマ子は減っていってる。
これは仕方がない事。

だけど、何かの拍子にどこにあったの?
と思うくらいの感情が溢れる時がある。

ほぼ寂しさや悲しさ。

こうしてお風呂でどうにもならない感情を
ここに書いていた事もある。
PCに向かう時間や体力がなくなってたから。

辛かったのはお世話じゃない。
何をどれだけしてもシマ子は楽にならず
しんどいままごはんを強制されて嫌がってて、
一体何をすればどうすれば
シマ子が楽になるかわからなかったから。

これを続けていてもそう遠くはない未来に
終わってしまうという事、
お別れが待ってるという事、
何もかもが悲しくて辛かった。

シマ子と一緒にいれる時間が大切で愛しいと
思えば思うほど、待っている未来の残酷さを
ずっと思って恐れてた。

お世話は確かに大変だったけど、
それがシマ子の幸せな未来に繋がってない事が
何よりも辛かった。

治る日が来るなら、寝なくても大変でも
お金がかかっても何でもやるのに!と
何度も思った。

本当になんでこうなってしまったんだろう。

まだシマ子の事を口にすると同時に涙が出る。
だからあまり話したくない。
泣かれても相手が困るだけだし。

普通の話ならなんでもできる。
笑える。楽しいと思える。
でもまだシマ子の事は話せるほど収まっては
いないのだなと自分でも驚く。
何も不思議じゃないのだけど驚く。

もう日常にシマ子は居ないから。

ずっと後悔の方が大きかった。
でも今は単純に寂しい。
とにかく寂しい。

寂しさだけがきっといつまでも日常に
溶けてしまわないのだろうな。

シマ子を見送ってから、
ホシがずっとベッタリくっついてくる。

文字通り体を寄せてくるのもあるけれど
私の行くところについてくるという感じ。

シマ子がいた時は、やはりシマ子だけが特別だった。
ケージに入らないで家族と寝る事や
みんなに一斉にかわいがって貰える事。

シマ子が来るまでは、それはホシだった。
ケージに寝かせていたけど、ちーとちゃーと
同部屋か兄妹の同部屋だったから、
私がたまにホシとだけ一緒に寝ていた。

シマ子が来てからはそれができなくなった。
シマ子は一人で寝れなかったから。
夜鳴きも結構あったし。

それまで私は比較的ホシをかわいがっていて
ホシにしたら私を取られたような気持ちにも
なってたように思う。

シマ子が来てからは父親がやっと猫を
かわいがるようになって、シマ子の次は
ホシがよくなつくようになっていった。

有り難かった。
でもホシは仕方ないという風にも見えていた。
だとしても、病気が多かったシマ子の事を
優先しないといけなかった。

でもずっとホシには申し訳ないという気持ちで
私は過ごしていた。
仕方ないとは言え、寂しい思いを沢山させたと思う。

今は私も家にいるし、結構な頻度で一緒に寝てる。
まぁこれは、シマがホシのベッドを気に入って
ケージから出ないという理由があるのだけど。

ずっとそんなホシの事をかわいく思って
一緒に過ごしているけど、ふと思った。

もしかしてホシは私がいつも泣いていて
寂しそうだから一緒にいなきゃ!と
思ってるのかな、と。

やっと自分の思い通りになるというのも
あるだろうと思うけど、あまりにベッタリなので
心配させてるのかなぁと思ったりしてる。

シマ子が居なくなって寂しくて辛いけど、
ホシがいつも寄り添ってくれている事は
本当に有り難くて温かい。

シマ子が居なくなって良かったとは
思っていないだろうけど、やっとだなとは
思っているのかも知れない。
本当はホシの場所だったもんね。

それでもホシは一番シマ子を気にしていた分、
居なくなった事は少なからず悲しんでいるように
見えた。
少なくとも、シマ子旅立った事は
理解してるように思う。

いつまでもシマ子を想ってはいるけれど
ホシの事を我慢させた以上に大事にしなくてはと
改めて思う。
もちろん、シマもトラも同じ。

まぁそれでも悲しいもんは悲しいし、
辛いけどね。

だとしても、今の子たちが愛してくいるし、
私も今まで以上に愛していくつもり。

あんまりホシたちに心配かけないようにしないと(苦笑)

あっという間の一ヶ月だったと思うけど、
もっともっとシマ子が居ないままな気がして
存在感の大きさに未だに驚いてる。

かわいかったなぁ。
賢い子だったなぁ。
誰よりも言ってる事を理解してた。
だからこそイタズラや嫌がらせが的確すぎた。
てこずった。

でももうそんな大変さも味わえない。
寝させてよー!って言う事もない。

ホントもっともっと美味しいごはんを
食べさせてあげたかった。
いつも同じものばっかで本当に申し訳ない気持ちよ。
体を思った事とは言え……

だからいつか会えた時は沢山美味しいものを
用意しておくからね。
約束するからね。
早めに会えるといいなぁ。
神様にちゃんと言っといてね。

シマ子、なかなか涙は止まらないけれど
ちゃんとやってくからね。
心配しないで大丈夫だからね。
ホシたちの事は見守ってあげてね。

シマ子、何度言っても足りないから
シマ子、大好きよ、あいしてるよ。
シマ子、ありがとう。
ありがとうね。
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シマ子 1ヶ月。 [猫。]

やっと少し間が空いた。
まぁずっと考えない日はないけど。

そして相変わらずダラダラしている。
別にいいやと思ってしてきたけど
そろそろヤバくないか?と思いつつ、
父親の事もまだ決まらないので
とりあえず、少しでも決まれば…と。

今日が月命日。

そうゆうのを一番思うのは前日。
当日は今日かぁ…と思うだけかも。

ずっとこうゆうのって自分で
区切りをつけなくてはいけないとか
早く日常を取り戻さなくちゃ、とか
私も思いがちなのだけど、
今回はとことん区切りをつけないと
決めて過ごしてきた。

だからこそ後悔は尽きないし、
涙が流れない日はなかった。
今もそりゃ流れてしまうけど…

そして後悔も薄れる事はない。
なんでこうなってしまったの?と
未だに思う。
なんで居ないの?と思う。

だけど、やっぱり勝手に区切りが
ついていくのだなぁと思っている。

まぁ区切りというと正しくないかも
知れないけど。

日常は少し変わったとしても
それがまた今の日常として
定着していくのだなぁと改めて。

当たり前の事なのだけど
そっか、やっぱりそうなるのか、と
思った。

シマ子の事はいつまでも寂しいし
悲しいし辛いけど忘れたくなくて
ずっとこのままのつもりだったけど
そのままのつもりのまま、
時間と共にやっぱり歩いていくの
だなぁと。

何が正解だったのかなぁと
未だに思う。

携帯のアルバムを見ながら、
この時はどうだったのだろう、とか
この時はしんどかったのかなとか
色々考えながら見てる。

7月の写真も、当時は元気そうと
思っていたけど、改めて見ると
しんどそうだな、と思ったり。

何故かこうゆう事がある。
不思議。

少なくとも、6月はやはり余力が
ある様に思うので、最初の時に
ちゃんとやれなかった事が
一番の後悔だと思う。
ずっと思っていたけど。

そしてそれは、私がシマ子の
命を、生きようとする力を
信じ切れなかったからだと
心底思う。

なんで信じられなかったのかな。
慢性腎不全じゃないと思うと
思ってたのになんでいきなり
余命とか信じてしまったのだろう。

6月の数値は本当に酷かったけど
点滴すれば下がるとわかってて
なんでやらなかったのかと思う。
もちろん、余命を真に受けたからに
ほかならないけど。

1日のほとんどを病院のケージで
過ごさせるのは嫌だと思ったから。
あと少しならせめてお家でと思った。

でもあと少しにしたのは私だったの
だなぁと今改めて思う。

6年前、溶血性貧血になった時も
長く生きないのだろうと思ってた。
もちろん色んな病気の疑いがあって
毎日ステロイド飲んでいたし
あまりにも色んな事が起きたから。

だけど、あの時も乗り越えたのにね。
毎日お別れが近いのだと思って
ありがとうね、って言ってて、
それがなんかシマ子が鬱陶しそうな
顔してるなとずっと思っていた。

今回もそうだった。
なのに、今回は違うと思ってしまった。
もしかして?とも思っていたのに。
どうして頑張れるかも知れないと
思えなかったのだろう。

自分の中でこうなる予感が
少しあったのもあるかも知れない。
体調を崩しがちだったからというより
漠然と終わりが来るかもしれないと
意識の凄く遠い所で考えてた。

だから現実になってしまったと
思ったのかも知れない。

でも、それを本当にしてしまったのは
私なんだと思う。
それがやはり一番悔しい。

そして、その判断が悪かったとして
6月末から7月の頭にかけて、
少し動いたりして、窓に乗ったり、
階段を下りたりし始めた時にも
挽回のタイミングだったと思う。

あと、なんでもっと凄いね、とか
このまま元気になろうね!とか
言えなかったんだろうという後悔が
ずっとある。

なんで徘徊なのかなとか
思ってしまったのだろう。
友達にも言ったら、そうかも知れないと
言われて尚更思ってしまった。

そうだとしても嬉しかったし
もちろんシマ子を褒めもしたけど
全然足りてなかったなぁと思うし
心底じゃなかったと思う。

どこかでこれからまた悪くなるの
ではないかとか余計な事を
考えていた気がする。

あの時、凄いんですよ、跳んだり
下りたりするんですって
先生に言って積極的な事を
もっとすればよかったのに。

それが最後のチャンスだった
気がする。

月末、高ナトリウムになってからは
恐らくどんどん取り返せなくなって
いった気がするから。

それでも1日だけでも預けて点滴
してたらもう少しは楽に過ごさせて
あげられたろうになぁと思う。

病院に行く事は確かにストレスで
かわいそうなのかもし知れない。
うちは特にそう言われるから
判断力が鈍ってる時はそうだな、と
そのまま受け入れてしまう。

実際そうゆう事もある。
だけど、病院でしかできない事が
あると思うから、やはり病院もちゃんと
頼らないとダメだと改めて思う。

最後吐き気が酷かった時も
注射打って貰えば良かったと思う。
病院で浣腸だってして貰ったら
よかったと思う。
少しでもしんどいのが楽になるなら。

やっぱり結局そうゆう事が
事あるごとにできなかったのが
一番の後悔になっている気がする。

色んな事を恐れて腰が引けてたから
何ひとつまともに判断できなかった。
シマ子はあんなに頑張っていたのに。
明日生きる事を諦めてないと
私もちゃんとわかっていたのに。

色んな事を調べると、さいごの時は
あれをすればいい、あれをしない方がいい
色んな意見がある。

だけど、やっぱりそれを決めるのは
その子の家族であって、
その子の事ずっと見てきた人が
決める事が一番なんだと思う。

私は色々な意見を見すぎた気がする。
シマ子を少しでも楽にしてあげたい
その一心ではあったけど、他の子に
良かったことが必ずしもシマ子にも
良かったとは限らないし。

私の後悔は、やはりシマ子の事を
信じ切れなかった事とちゃんと見て
あげてなかった事だと思う。

それができてれば、一緒に過ごす事が
できなくなっていても今ほどは
後悔もなかったのではないかと思う。

見送りに後悔がないなんて私には
あり得ないけど、少しは減らせたの
ではないかと思う。

シマ子の一生懸命に私は応えられなかった。
それが一番申し訳なくて悲しくてたまらない。

ありがとうを山ほど言いたいのに
ごめんねばっかりが出てくる。

多分シマ子は今きっと鬱陶しそうな顔で
もういいのに、うるさいなって思って
聞いてそうに思うけど。

さいごの10日ほどは本当に
しんどかったと思うから
今シマ子はきっとノビノビとして
好き放題過ごしていると思う。

ただ、寂しくないかな、と少し心配。
まだもう少しはお家にいれるだろうし
のんびりしていってね。

シマ子の居ない時間は当たり前に
なりつつあるけれど、シマ子の名前を
呼ばない日はまだないよ。

一緒に居れた時よりも辛くて悲しい
1ヶ月だったけど、それでも少しずつ
知らない間に歩き始めているみたい。

シマ子は特別。

誰よりもたくさんお花を飾って貰って
お線香もたくさんあげて貰ってる。
存在の大きさをみんな感じてるよ。
たった6年間しか居なかったのにね。
本当はもっと居たかったろうにね…

だから。
次もまたうちの子になってね。
何度も言うよ、ちゃんと覚えていてね。
お家はここだから。
変わらないから。
忘れないでよ。

今度こそ長い長い時間一緒に過ごそう。
今度こそ家族みんなで過ごそう。
ね、シマ子。

かわいいかわいいシマ子。
みんなで待っているからね。

本当にうちに来てくれてありがとうね。
あいしてるよ。

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同じ。 [日々。]

毎回毎回同じ事しか書かないのに
まだそれでもおさまらない…

こんなだったっけ?と何度も思う。

ちーとちゃーは年末にも近かったし
仕事がやや忙しくなってたから
ここまでゆっくりした事ないかも。

父親の事も気にしてくれてるのか
中々仕事が入らないまま。
先週位から入ったら行こうとは
思ってたけど、ここまでゆっくり
させて貰えたのは有難かった。

シマの事もあったしね。
とは言えこれからずっと続いて
いく事だけど。

シマ子の事、未だに本当なら…と
何度も思ってしまう。

毎日携帯に入ってる、
去年の今頃とかの写真を見ては
本当なら今も居たはずなのに…と
何度も思ってしまう。

もちろんちゃんとわかっては
いるのだけど、思わずにはいられない。

シマ子にとって強制され続ける日々や
毎日点滴されていた事や、通院や、
身体のしんどさが3ヵ月近く続いてて
本当に辛かったと思うのに、
それを間近で見てきたのに、
それでも本当ならシマ子は今も…と
なんで思ってしまうのだろう。

当然寂しいからっていうのが
一番だとは思うけど…

寂しい。

ひとことで説明しきれないけど
やっぱり寂しいしかない。

気まぐれで、自分の言い分だけで
全然甘えたりして来なかったのに
こんなに寂しく思うのが不思議で。

思いがけず見送る事になったと
いう事もあるのだろうけど、
本当にこんなだったっけ?と
思ってしまう。

私の年齢もあるのかなぁ。

お別れの悲しさが薄れる事は
ないと思っていたけど、
何度も経験すればもっと自分で
納得いくようになるのではないかと
甘い事を考えた事もあったけど
本当に甘かったと思う。

辛いとか寂しいとか悲しいが
前の分のも一緒に来る感じ。

今後どうしたらいいのだ(苦笑)

まぁそれでも、ふと思い出すのが
最後の瞬間じゃなくなってきたのは
良かったなぁと思う。

最後の何分かは時計も見れなくて
ただ必死にシマ子の名前を
叫んでいただけだから記憶も
あまり定かではないけど
それでも、瞬間瞬間覚えていて
どれもこれも悲しさしかないから
余計ずっとどうしようもなかったのだけど

少ないけど残ってる動画を見て、
元気な頃の写真を見て、
あぁそうだった、あんな風に鳴いてた、
こんな風におねだりしてた、
遊んでた、寝てた、と思い出して。

どうしても病気してからの思い出が
一番近いからそればっかりに
なりがちだけど、やっと元気な頃を
思い出せては来てるから
少しだけホッとしてる。

なんだかんだ言っても
結局罪悪感みたいなものからは
逃れられないのだろうけどね。

やっぱり考えても考えても
今年に入ってからの私の生活は
忙しすぎた。
色んな事がキャパオーバーしてたのに
そのままいってしまってたのが
一番良くなかったと思う。

仕事が短期間だけど増えていて
週に1~2回だったけど丸1日だったし
考える事も割とあったり。

そこにつけ、遊びに行く事も多くて
シマ子との時間をホント大事にできて
なかった後悔がきっと凄いある。

ふと、調子悪かったけど何もせずに
家でストレスなく過ごしていたら
急性にもならなかったのかな…
なんて事まで最近考えてしまった。

何度後悔しても何も変わらないのに。

やはり、病気してからの後悔もあるけど
それよりもその前に一緒に居れなかった
事とか、ちゃんと体調を見てあげれて
なかった事が一番の後悔。

当然悪くなってからの事も
たくさん後悔はあるけど…

それでも元気な間にもっともっと
一緒に遊んだり、美味しいごはんを
食べて貰ったり、ゴロゴロしたり
したかったなぁってホント思う。

ずっと時間を大切にしないできて
それでもいいって思ってきたけど
やっぱりそれではダメだと思った。

遊びに行くのも、時間を使って
格安で、と思っていたけど
これからはもっと時間を大切に
できるようにしようと思う。

シマ子と一緒にいる間に、
本当にふと今までの生活では
ダメだな、と思ってしまった。
今度こうして病気と闘う事に
なったとしても、私の生活がもっと
ちゃんとしてなきゃダメだと思った。

今までは、今の生活だからこそ
猫の事もちゃんと見られるって
思ってたのに。

本当にふとそう思ってしまった。

なんとなく、シマ子がそうした方が
いいって教えてくれたような
気がした。

まぁかと言って、色々問題があって
今すぐどうこうできないのだけどね。

それでも気持ちというか、意識だけは
持ってようと思う。
忘れない様にしなきゃ。

…と言いつつダラダラ生活してて
どないやねん、なのだけど。

まぁ、体力的な事も色々あるから
そこは無理しない。
長期的に考えているし。

久しぶりに名古屋日帰りしたら
翌日1日寝続けるという体たらく…
体力考えて往復特急にしたのに。
いつもなら行きは鈍行なのに。

来週は東京日帰りなのに大丈夫
なのだろうか…不安…

体重も大分戻って来て体力的にも
もう大丈夫と思っていたから
結構ビックリした。

ずっと胃腸も微妙だしそゆのも
良くないのだろうな…
倒れたりしなかったのは絶妙に
耐えてただけなのか…

まだまだ涙が出なくなる日が
来ないけど、それはきっとそのうち
落ち着いていくのだろうし、
今はこうしてうだうだやる事も
全部良しとしてる。

こんなんじゃダメだ!なんて
思ったりしてたらきっとどこかで
潰れてたと思うから。

こうした生活できるのは特殊かも
しれないけどそうゆう環境にいる事に
感謝しつつまだもう少し甘えて
おこうと思う。
まぁもうそろそろ終了だろうけど。

本当なら父親も病気なんてなくて
猫もみんな調子崩したりしながらも
元気でみんなで笑って過ごせてたはず
なのに…

だけどもうそうじゃなくなってしまった。
シマ子を送ってもまだ終わらない。

今度は、今度こそはこんなに後悔
せずに済むようにしないと。
私が辛すぎる(苦笑)

シマ子、今日シマ子が居なくなって
初めてホシがシマ子のベッドに
入ったよ。

今までならシマ子の匂いのするもの
全部横取りするようにしてたのに。

ずっとシマ子がいるから乗らないと
思ってたけど、どうなのかな。
やっぱりもう居ないのかな。

シマ子はちーとちゃーと仲良くも
悪くもなかったけど、ちゃんと会えたかな。
寂しい時は二人と一緒にいればいいよ。

おねぇが一番寂しいのだろうけど
シマ子も寂しいとしたら辛いから
ちーたちと一緒にいて貰いよ。
寂しくないようにしていてね。
ちゃんとごはんも食べれてますように。

シマ子、今まで気にしてなかったのに
ホシもトラもシマもやっぱりシマ子の
面影があって、仕草も寝姿も
少し似てるよ。
ホシとはもともと似てたけど尚更思うよ。

寂しくないように置いてってくれたの
かも知れないけど、寂しいのは
変わりません。

だけど、この子たちの事もシマ子と
同じように全力で守るから。
大事にするから。

もちろんシマ子の事も忘れないからね。
安心していてね。

いつかまたこちらに来る事があったら
絶対うちに来る事忘れないでよ。
目印は長い尻尾でね。
今度こそ長い時間一緒にいよう。

まだまだ涙は止まらないけど
うんざりした顔で眺めていてよ。
大好きよ、シマ子。
いつでもどんな時もかわいかったよ。
愛しい子。
またきっと会えますように。

改めてうちに来てくれて
ありがとうね。
愛してるよ、シマ子。

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