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理屈じゃない。 [日々。]

少しずつ少しずつ日々の暮らしから
シマ子は減っていってる。
これは仕方がない事。

だけど、何かの拍子にどこにあったの?
と思うくらいの感情が溢れる時がある。

ほぼ寂しさや悲しさ。

こうしてお風呂でどうにもならない感情を
ここに書いていた事もある。
PCに向かう時間や体力がなくなってたから。

辛かったのはお世話じゃない。
何をどれだけしてもシマ子は楽にならず
しんどいままごはんを強制されて嫌がってて、
一体何をすればどうすれば
シマ子が楽になるかわからなかったから。

これを続けていてもそう遠くはない未来に
終わってしまうという事、
お別れが待ってるという事、
何もかもが悲しくて辛かった。

シマ子と一緒にいれる時間が大切で愛しいと
思えば思うほど、待っている未来の残酷さを
ずっと思って恐れてた。

お世話は確かに大変だったけど、
それがシマ子の幸せな未来に繋がってない事が
何よりも辛かった。

治る日が来るなら、寝なくても大変でも
お金がかかっても何でもやるのに!と
何度も思った。

本当になんでこうなってしまったんだろう。

まだシマ子の事を口にすると同時に涙が出る。
だからあまり話したくない。
泣かれても相手が困るだけだし。

普通の話ならなんでもできる。
笑える。楽しいと思える。
でもまだシマ子の事は話せるほど収まっては
いないのだなと自分でも驚く。
何も不思議じゃないのだけど驚く。

もう日常にシマ子は居ないから。

ずっと後悔の方が大きかった。
でも今は単純に寂しい。
とにかく寂しい。

寂しさだけがきっといつまでも日常に
溶けてしまわないのだろうな。

シマ子を見送ってから、
ホシがずっとベッタリくっついてくる。

文字通り体を寄せてくるのもあるけれど
私の行くところについてくるという感じ。

シマ子がいた時は、やはりシマ子だけが特別だった。
ケージに入らないで家族と寝る事や
みんなに一斉にかわいがって貰える事。

シマ子が来るまでは、それはホシだった。
ケージに寝かせていたけど、ちーとちゃーと
同部屋か兄妹の同部屋だったから、
私がたまにホシとだけ一緒に寝ていた。

シマ子が来てからはそれができなくなった。
シマ子は一人で寝れなかったから。
夜鳴きも結構あったし。

それまで私は比較的ホシをかわいがっていて
ホシにしたら私を取られたような気持ちにも
なってたように思う。

シマ子が来てからは父親がやっと猫を
かわいがるようになって、シマ子の次は
ホシがよくなつくようになっていった。

有り難かった。
でもホシは仕方ないという風にも見えていた。
だとしても、病気が多かったシマ子の事を
優先しないといけなかった。

でもずっとホシには申し訳ないという気持ちで
私は過ごしていた。
仕方ないとは言え、寂しい思いを沢山させたと思う。

今は私も家にいるし、結構な頻度で一緒に寝てる。
まぁこれは、シマがホシのベッドを気に入って
ケージから出ないという理由があるのだけど。

ずっとそんなホシの事をかわいく思って
一緒に過ごしているけど、ふと思った。

もしかしてホシは私がいつも泣いていて
寂しそうだから一緒にいなきゃ!と
思ってるのかな、と。

やっと自分の思い通りになるというのも
あるだろうと思うけど、あまりにベッタリなので
心配させてるのかなぁと思ったりしてる。

シマ子が居なくなって寂しくて辛いけど、
ホシがいつも寄り添ってくれている事は
本当に有り難くて温かい。

シマ子が居なくなって良かったとは
思っていないだろうけど、やっとだなとは
思っているのかも知れない。
本当はホシの場所だったもんね。

それでもホシは一番シマ子を気にしていた分、
居なくなった事は少なからず悲しんでいるように
見えた。
少なくとも、シマ子旅立った事は
理解してるように思う。

いつまでもシマ子を想ってはいるけれど
ホシの事を我慢させた以上に大事にしなくてはと
改めて思う。
もちろん、シマもトラも同じ。

まぁそれでも悲しいもんは悲しいし、
辛いけどね。

だとしても、今の子たちが愛してくいるし、
私も今まで以上に愛していくつもり。

あんまりホシたちに心配かけないようにしないと(苦笑)

あっという間の一ヶ月だったと思うけど、
もっともっとシマ子が居ないままな気がして
存在感の大きさに未だに驚いてる。

かわいかったなぁ。
賢い子だったなぁ。
誰よりも言ってる事を理解してた。
だからこそイタズラや嫌がらせが的確すぎた。
てこずった。

でももうそんな大変さも味わえない。
寝させてよー!って言う事もない。

ホントもっともっと美味しいごはんを
食べさせてあげたかった。
いつも同じものばっかで本当に申し訳ない気持ちよ。
体を思った事とは言え……

だからいつか会えた時は沢山美味しいものを
用意しておくからね。
約束するからね。
早めに会えるといいなぁ。
神様にちゃんと言っといてね。

シマ子、なかなか涙は止まらないけれど
ちゃんとやってくからね。
心配しないで大丈夫だからね。
ホシたちの事は見守ってあげてね。

シマ子、何度言っても足りないから
シマ子、大好きよ、あいしてるよ。
シマ子、ありがとう。
ありがとうね。
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1ヶ月。 [日々。]

やっと少し間が空いた。
まぁずっと考えない日はないけど。

そして相変わらずダラダラしている。
別にいいやと思ってしてきたけど
そろそろヤバくないか?と思いつつ、
父親の事もまだ決まらないので
とりあえず、少しでも決まれば…と。

今日が月命日。

そうゆうのを一番思うのは前日。
当日は今日かぁ…と思うだけかも。

ずっとこうゆうのって自分で
区切りをつけなくてはいけないとか
早く日常を取り戻さなくちゃ、とか
私も思いがちなのだけど、
今回はとことん区切りをつけないと
決めて過ごしてきた。

だからこそ後悔は尽きないし、
涙が流れない日はなかった。
今もそりゃ流れてしまうけど…

そして後悔も薄れる事はない。
なんでこうなってしまったの?と
未だに思う。
なんで居ないの?と思う。

だけど、やっぱり勝手に区切りが
ついていくのだなぁと思っている。

まぁ区切りというと正しくないかも
知れないけど。

日常は少し変わったとしても
それがまた今の日常として
定着していくのだなぁと改めて。

当たり前の事なのだけど
そっか、やっぱりそうなるのか、と
思った。

シマ子の事はいつまでも寂しいし
悲しいし辛いけど忘れたくなくて
ずっとこのままのつもりだったけど
そのままのつもりのまま、
時間と共にやっぱり歩いていくの
だなぁと。

何が正解だったのかなぁと
未だに思う。

携帯のアルバムを見ながら、
この時はどうだったのだろう、とか
この時はしんどかったのかなとか
色々考えながら見てる。

7月の写真も、当時は元気そうと
思っていたけど、改めて見ると
しんどそうだな、と思ったり。

何故かこうゆう事がある。
不思議。

少なくとも、6月はやはり余力が
ある様に思うので、最初の時に
ちゃんとやれなかった事が
一番の後悔だと思う。
ずっと思っていたけど。

そしてそれは、私がシマ子の
命を、生きようとする力を
信じ切れなかったからだと
心底思う。

なんで信じられなかったのかな。
慢性腎不全じゃないと思うと
思ってたのになんでいきなり
余命とか信じてしまったのだろう。

6月の数値は本当に酷かったけど
点滴すれば下がるとわかってて
なんでやらなかったのかと思う。
もちろん、余命を真に受けたからに
ほかならないけど。

1日のほとんどを病院のケージで
過ごさせるのは嫌だと思ったから。
あと少しならせめてお家でと思った。

でもあと少しにしたのは私だったの
だなぁと今改めて思う。

6年前、溶血性貧血になった時も
長く生きないのだろうと思ってた。
もちろん色んな病気の疑いがあって
毎日ステロイド飲んでいたし
あまりにも色んな事が起きたから。

だけど、あの時も乗り越えたのにね。
毎日お別れが近いのだと思って
ありがとうね、って言ってて、
それがなんかシマ子が鬱陶しそうな
顔してるなとずっと思っていた。

今回もそうだった。
なのに、今回は違うと思ってしまった。
もしかして?とも思っていたのに。
どうして頑張れるかも知れないと
思えなかったのだろう。

自分の中でこうなる予感が
少しあったのもあるかも知れない。
体調を崩しがちだったからというより
漠然と終わりが来るかもしれないと
意識の凄く遠い所で考えてた。

だから現実になってしまったと
思ったのかも知れない。

でも、それを本当にしてしまったのは
私なんだと思う。
それがやはり一番悔しい。

そして、その判断が悪かったとして
6月末から7月の頭にかけて、
少し動いたりして、窓に乗ったり、
階段を下りたりし始めた時にも
挽回のタイミングだったと思う。

あと、なんでもっと凄いね、とか
このまま元気になろうね!とか
言えなかったんだろうという後悔が
ずっとある。

なんで徘徊なのかなとか
思ってしまったのだろう。
友達にも言ったら、そうかも知れないと
言われて尚更思ってしまった。

そうだとしても嬉しかったし
もちろんシマ子を褒めもしたけど
全然足りてなかったなぁと思うし
心底じゃなかったと思う。

どこかでこれからまた悪くなるの
ではないかとか余計な事を
考えていた気がする。

あの時、凄いんですよ、跳んだり
下りたりするんですって
先生に言って積極的な事を
もっとすればよかったのに。

それが最後のチャンスだった
気がする。

月末、高ナトリウムになってからは
恐らくどんどん取り返せなくなって
いった気がするから。

それでも1日だけでも預けて点滴
してたらもう少しは楽に過ごさせて
あげられたろうになぁと思う。

病院に行く事は確かにストレスで
かわいそうなのかもし知れない。
うちは特にそう言われるから
判断力が鈍ってる時はそうだな、と
そのまま受け入れてしまう。

実際そうゆう事もある。
だけど、病院でしかできない事が
あると思うから、やはり病院もちゃんと
頼らないとダメだと改めて思う。

最後吐き気が酷かった時も
注射打って貰えば良かったと思う。
病院で浣腸だってして貰ったら
よかったと思う。
少しでもしんどいのが楽になるなら。

やっぱり結局そうゆう事が
事あるごとにできなかったのが
一番の後悔になっている気がする。

色んな事を恐れて腰が引けてたから
何ひとつまともに判断できなかった。
シマ子はあんなに頑張っていたのに。
明日生きる事を諦めてないと
私もちゃんとわかっていたのに。

色んな事を調べると、さいごの時は
あれをすればいい、あれをしない方がいい
色んな意見がある。

だけど、やっぱりそれを決めるのは
その子の家族であって、
その子の事ずっと見てきた人が
決める事が一番なんだと思う。

私は色々な意見を見すぎた気がする。
シマ子を少しでも楽にしてあげたい
その一心ではあったけど、他の子に
良かったことが必ずしもシマ子にも
良かったとは限らないし。

私の後悔は、やはりシマ子の事を
信じ切れなかった事とちゃんと見て
あげてなかった事だと思う。

それができてれば、一緒に過ごす事が
できなくなっていても今ほどは
後悔もなかったのではないかと思う。

見送りに後悔がないなんて私には
あり得ないけど、少しは減らせたの
ではないかと思う。

シマ子の一生懸命に私は応えられなかった。
それが一番申し訳なくて悲しくてたまらない。

ありがとうを山ほど言いたいのに
ごめんねばっかりが出てくる。

多分シマ子は今きっと鬱陶しそうな顔で
もういいのに、うるさいなって思って
聞いてそうに思うけど。

さいごの10日ほどは本当に
しんどかったと思うから
今シマ子はきっとノビノビとして
好き放題過ごしていると思う。

ただ、寂しくないかな、と少し心配。
まだもう少しはお家にいれるだろうし
のんびりしていってね。

シマ子の居ない時間は当たり前に
なりつつあるけれど、シマ子の名前を
呼ばない日はまだないよ。

一緒に居れた時よりも辛くて悲しい
1ヶ月だったけど、それでも少しずつ
知らない間に歩き始めているみたい。

シマ子は特別。

誰よりもたくさんお花を飾って貰って
お線香もたくさんあげて貰ってる。
存在の大きさをみんな感じてるよ。
たった6年間しか居なかったのにね。
本当はもっと居たかったろうにね…

だから。
次もまたうちの子になってね。
何度も言うよ、ちゃんと覚えていてね。
お家はここだから。
変わらないから。
忘れないでよ。

今度こそ長い長い時間一緒に過ごそう。
今度こそ家族みんなで過ごそう。
ね、シマ子。

かわいいかわいいシマ子。
みんなで待っているからね。

本当にうちに来てくれてありがとうね。
あいしてるよ。

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同じ。 [日々。]

毎回毎回同じ事しか書かないのに
まだそれでもおさまらない…

こんなだったっけ?と何度も思う。

ちーとちゃーは年末にも近かったし
仕事がやや忙しくなってたから
ここまでゆっくりした事ないかも。

父親の事も気にしてくれてるのか
中々仕事が入らないまま。
先週位から入ったら行こうとは
思ってたけど、ここまでゆっくり
させて貰えたのは有難かった。

シマの事もあったしね。
とは言えこれからずっと続いて
いく事だけど。

シマ子の事、未だに本当なら…と
何度も思ってしまう。

毎日携帯に入ってる、
去年の今頃とかの写真を見ては
本当なら今も居たはずなのに…と
何度も思ってしまう。

もちろんちゃんとわかっては
いるのだけど、思わずにはいられない。

シマ子にとって強制され続ける日々や
毎日点滴されていた事や、通院や、
身体のしんどさが3ヵ月近く続いてて
本当に辛かったと思うのに、
それを間近で見てきたのに、
それでも本当ならシマ子は今も…と
なんで思ってしまうのだろう。

当然寂しいからっていうのが
一番だとは思うけど…

寂しい。

ひとことで説明しきれないけど
やっぱり寂しいしかない。

気まぐれで、自分の言い分だけで
全然甘えたりして来なかったのに
こんなに寂しく思うのが不思議で。

思いがけず見送る事になったと
いう事もあるのだろうけど、
本当にこんなだったっけ?と
思ってしまう。

私の年齢もあるのかなぁ。

お別れの悲しさが薄れる事は
ないと思っていたけど、
何度も経験すればもっと自分で
納得いくようになるのではないかと
甘い事を考えた事もあったけど
本当に甘かったと思う。

辛いとか寂しいとか悲しいが
前の分のも一緒に来る感じ。

今後どうしたらいいのだ(苦笑)

まぁそれでも、ふと思い出すのが
最後の瞬間じゃなくなってきたのは
良かったなぁと思う。

最後の何分かは時計も見れなくて
ただ必死にシマ子の名前を
叫んでいただけだから記憶も
あまり定かではないけど
それでも、瞬間瞬間覚えていて
どれもこれも悲しさしかないから
余計ずっとどうしようもなかったのだけど

少ないけど残ってる動画を見て、
元気な頃の写真を見て、
あぁそうだった、あんな風に鳴いてた、
こんな風におねだりしてた、
遊んでた、寝てた、と思い出して。

どうしても病気してからの思い出が
一番近いからそればっかりに
なりがちだけど、やっと元気な頃を
思い出せては来てるから
少しだけホッとしてる。

なんだかんだ言っても
結局罪悪感みたいなものからは
逃れられないのだろうけどね。

やっぱり考えても考えても
今年に入ってからの私の生活は
忙しすぎた。
色んな事がキャパオーバーしてたのに
そのままいってしまってたのが
一番良くなかったと思う。

仕事が短期間だけど増えていて
週に1~2回だったけど丸1日だったし
考える事も割とあったり。

そこにつけ、遊びに行く事も多くて
シマ子との時間をホント大事にできて
なかった後悔がきっと凄いある。

ふと、調子悪かったけど何もせずに
家でストレスなく過ごしていたら
急性にもならなかったのかな…
なんて事まで最近考えてしまった。

何度後悔しても何も変わらないのに。

やはり、病気してからの後悔もあるけど
それよりもその前に一緒に居れなかった
事とか、ちゃんと体調を見てあげれて
なかった事が一番の後悔。

当然悪くなってからの事も
たくさん後悔はあるけど…

それでも元気な間にもっともっと
一緒に遊んだり、美味しいごはんを
食べて貰ったり、ゴロゴロしたり
したかったなぁってホント思う。

ずっと時間を大切にしないできて
それでもいいって思ってきたけど
やっぱりそれではダメだと思った。

遊びに行くのも、時間を使って
格安で、と思っていたけど
これからはもっと時間を大切に
できるようにしようと思う。

シマ子と一緒にいる間に、
本当にふと今までの生活では
ダメだな、と思ってしまった。
今度こうして病気と闘う事に
なったとしても、私の生活がもっと
ちゃんとしてなきゃダメだと思った。

今までは、今の生活だからこそ
猫の事もちゃんと見られるって
思ってたのに。

本当にふとそう思ってしまった。

なんとなく、シマ子がそうした方が
いいって教えてくれたような
気がした。

まぁかと言って、色々問題があって
今すぐどうこうできないのだけどね。

それでも気持ちというか、意識だけは
持ってようと思う。
忘れない様にしなきゃ。

…と言いつつダラダラ生活してて
どないやねん、なのだけど。

まぁ、体力的な事も色々あるから
そこは無理しない。
長期的に考えているし。

久しぶりに名古屋日帰りしたら
翌日1日寝続けるという体たらく…
体力考えて往復特急にしたのに。
いつもなら行きは鈍行なのに。

来週は東京日帰りなのに大丈夫
なのだろうか…不安…

体重も大分戻って来て体力的にも
もう大丈夫と思っていたから
結構ビックリした。

ずっと胃腸も微妙だしそゆのも
良くないのだろうな…
倒れたりしなかったのは絶妙に
耐えてただけなのか…

まだまだ涙が出なくなる日が
来ないけど、それはきっとそのうち
落ち着いていくのだろうし、
今はこうしてうだうだやる事も
全部良しとしてる。

こんなんじゃダメだ!なんて
思ったりしてたらきっとどこかで
潰れてたと思うから。

こうした生活できるのは特殊かも
しれないけどそうゆう環境にいる事に
感謝しつつまだもう少し甘えて
おこうと思う。
まぁもうそろそろ終了だろうけど。

本当なら父親も病気なんてなくて
猫もみんな調子崩したりしながらも
元気でみんなで笑って過ごせてたはず
なのに…

だけどもうそうじゃなくなってしまった。
シマ子を送ってもまだ終わらない。

今度は、今度こそはこんなに後悔
せずに済むようにしないと。
私が辛すぎる(苦笑)

シマ子、今日シマ子が居なくなって
初めてホシがシマ子のベッドに
入ったよ。

今までならシマ子の匂いのするもの
全部横取りするようにしてたのに。

ずっとシマ子がいるから乗らないと
思ってたけど、どうなのかな。
やっぱりもう居ないのかな。

シマ子はちーとちゃーと仲良くも
悪くもなかったけど、ちゃんと会えたかな。
寂しい時は二人と一緒にいればいいよ。

おねぇが一番寂しいのだろうけど
シマ子も寂しいとしたら辛いから
ちーたちと一緒にいて貰いよ。
寂しくないようにしていてね。
ちゃんとごはんも食べれてますように。

シマ子、今まで気にしてなかったのに
ホシもトラもシマもやっぱりシマ子の
面影があって、仕草も寝姿も
少し似てるよ。
ホシとはもともと似てたけど尚更思うよ。

寂しくないように置いてってくれたの
かも知れないけど、寂しいのは
変わりません。

だけど、この子たちの事もシマ子と
同じように全力で守るから。
大事にするから。

もちろんシマ子の事も忘れないからね。
安心していてね。

いつかまたこちらに来る事があったら
絶対うちに来る事忘れないでよ。
目印は長い尻尾でね。
今度こそ長い時間一緒にいよう。

まだまだ涙は止まらないけど
うんざりした顔で眺めていてよ。
大好きよ、シマ子。
いつでもどんな時もかわいかったよ。
愛しい子。
またきっと会えますように。

改めてうちに来てくれて
ありがとうね。
愛してるよ、シマ子。

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3週間。 [日々。]

もう明日で3週間。

3週間。
21日。

この1ヶ月ちょいくらいか、
くるねこさんブログを読んでいて
ホント今更なんだけど。

最初は遡りつつだったけど
やっぱりちゃんと最初から!と思って
2006年かの最初から順番に読んでて。

色々と共感する事も多かったりする。
そんな人はたくさんいるだろうけども。

トメちゃんが調子悪くなったタイミング
くらいで読み始めたのだと思うけど
シマ子が旅立って、少ししたら
トメちゃんも旅立ってしまって…

トメちゃんも14歳くらいでシマ子と
近いからか余計に悲しかった。

別に長い短いじゃないのだけど。

それでも一緒にいるとずっと居れると
思ってしまうし、願っているものだから。

トメちゃんは倒れてから1年以上
頑張りながら元気に過ごしていて
とてもうらやましかった。

うちはみんな3ヵ月前後で旅立ってしまう。
とは言え、くるねこさんも後悔はないと
言いながらもやっぱり含みがある言い方を
していて、後悔がなく見送れる事なんて
ほとんどないよなぁと思ってしまう。

だけど、しんどくなっても頑張ってくれて
こっちも一緒に頑張れた時間があると
後悔があっても、お互い頑張ったねって
言える気がしてこれは羨ましい。

私の場合はそれが言えたというか
近いのはちーだけかなぁ。
それでもやっぱり後悔は多かった。
ただ、ちーは一生懸命ギリギリまで
頑張ってくれたから、あれ以上は
望めなかったという所があるのかな。

ちゃーも限界を感じた所はあったけど
元気に過ごしてくれていた分
手をかけてなかった所があって
一緒に居れた時間も短かったし
それに後悔が多かった気がする。

シマ子に関してはまだまともに
振り返れてないと思うから余計に
後悔しかないのだろうなぁ。

あとは年齢なんだろうなぁやっぱり。
どこまでいっても、あと2年くらいは
一緒に居たかったと居れた筈と
思ってしまう。

私自身が勝手に決めたラインだけど
お外8年、お家8年超えたらいいって
ずっと思ってたからなだけだけど。

本当なら一緒に居れたんだろうなと
何故かずっと思ってしまう。
完全なる思い込みなのだけど。

あとは予感がありながら対処を
しっかりしなかった事も。

いつまで言ってんだって話なんだけど。

いつまでも言いたくなるくらいに
後悔してるって事。

何を言っても帰っては来ないけど。

やっぱりもう家にシマ子の気配がない。
全くないわけではない気もするけど
なんとなくこれは願望なんだろなと思う。

あと、今まで一切入って来なかった
トラとシマが部屋に入って来て
ベッドにも上がるようになった。
匂いが減ってきたのかも知れないな。

ホシは最初から私の部屋なのに!って
感じだったけど。

たまにホシと一緒に寝てるけど、
シマ子のベッドもまだ片づけてないから
3人で一緒に寝てる様な気分になって
もし本当に一緒に寝れてたら
最高に幸せだったなぁと思った。

シマ子がうちに来てから
ホシは夜一緒に寝れなくなってしまって
仲が悪かったから自由に部屋を
行き来できなくなってしまっていたし
なんとなく申し訳ないとずっと思ってた。

シマ子が病気になってからは
尚更ホシは鳴いたりお世話をする事に
やきもちを焼くようなそんな態度だった。

それに関してもずっと申し訳なくて。

ずっとごめんね、って思ってた。
仕方ないと思いながら、シマ子の事も
同じだけかわいく思って来たけど
それによってホシに我慢させてる事が
ずっと引っかかってはいた。

もしも、ホシとだけでもシマ子が一緒に
居れたら何か変わってたのかもな、と
また考えても仕方がない事を思ってた。

仲良くなれないから仕方ないって
ずっと思ってたけど、本当はどうにか
できてたのかも知れないなぁ…

ホシは私にべったりな所があったから
どちらにせよ無理だったのかもだけど…

でもシマ子は別に私にべったりでも
なかったから…どうだったんだろう。

シマ子が居たら…

居ないけどさ。

寂しいとかつまんないとか思うと
またホシたちに申し訳ないなとも思って。
もうやめないとなぁと思ったりしてる。

うちは隔離で来たからシマ子が
居なくなってもパワーバランスは
全く変わらなかったけど、
テリトリーがかわった気がする。

今まで夜ケージで寝る以外で
寝る時は3Fだったのに、
トラだけがひとり2Fで寝る様になった。
シマは引き続き3Fの親の部屋で。
ホシは私の部屋で。

今になってバラバラで寝る様に
なるなんて思ってなかったから不思議。

多分新しいマットの所為だと思うけど
シマがそれを気に入って、
ケージでもバラバラで寝れる様になった。
ホシが私と寝る時は、だけど。

今まではバラすと寝れなかったのに。

リビングにはお花があったりするから
トラはかじる事もあるのでケージからは
出せないけど、みんなもう好きなところで
自由に寝る事もできるなぁとも思う。

ずっとケージだからストレスって事も
ないだろうし、冬になったらまた一緒にも
寝る気がするけど、この後の生活は
できるだけノビノビとストレスフリーで
過ごして欲しい。

そしてできるだけ一緒に居て欲しい。

シマ子だって去年の今頃は何の問題もなく
元気だったから。
そう思うとホント恐ろしい。

シマの膀胱炎の疑いはなんとか晴れて
お薬は飲まなくてよくなったけど
潜血はまだあるから腎臓の検査が
ちゃんとできない。

トラも検査してみたら仲良く潜血反応…
トラもずっと腎出血?っていう潜血が
続いてたからまたなのかなぁって
感じだけど。

トラもシマもずっと出続けてるわけでも
ないのかも知れないなぁ。
実際遠心分離してもほんの少ししか
ないのだけど…
シマもトラもCREも同じくらいだし
似たような症状が出てるのかなぁ。
兄弟だしな…

今日は血圧計を貸して貰って
全員家で測ってみる事ができたの
だけど、全員高血圧って事もなくて
とりあえず一安心。

でも案の定ホシが一番高かったなぁ。
今後もモニターしていきましょうと
いうような話だったから、また借りれて
血圧も一緒に見ていけたら有難い。

シマ子もずっと血圧のお薬飲んでたけど
測った事ほとんどなかったもんな…
血圧ってか循環が良くなるようにって事で
飲み始めたからかな…

シマくんは少しずつ食欲も出てて
体重増えるまではいかないけど
もう少し食べれる様になったら
体重も増えてくれるかなぁと思うので
ごはん問題もちゃんとしないと。

なんだかんだで、シマたちに長生き
して貰う事ができたら、シマ子の後悔も
少しは生かせたという事にできる
かも知れない。

とは言え、シマ子の居ない生活は
やっぱり寂しいしかないけどね。

ホント存在感なんだなぁと思う。
寝てばっかりだったのに。

そろそろ夢に出てきてくれたら
いいのに、ホント出てこない…
まぁ今までも誰も基本出ないけど…
夢は見るのに…

夢でいいから会いたいなぁ。
嫌いな抱っこちょっとだけさせてくれる
あの瞬間が大好きだったから
また抱っこしてゴロゴロいって欲しい。

シマ子、写真でも私の記憶でも
なんでもかわいいよ。
夢でかわいい顔見せてね。

シマ子、大好きよ。
ずっと愛してるからね。

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これから。 [日々。]

ふりだしに戻った気分。

なんとなく、シマ子がいない事にも
少しは慣れたのかなと思うけど、
これからが本当に寂しくなる様な
気がしてる。

ずっと混乱が続いたままでいて
落ち着いたとは思わないけど
居ないんだなぁと思うし、
シマ子の事以外の事を考える事も
増えた気がする。

だけど、1日のうち少しの時間だけど
言葉にできない気持ちがドドーっと
押し寄せてきてどうにもならなくなる。

それにはやっぱりなんで居ないの?
も入ってしまうけど。

それでも、今まで忘れていたというか
当たり前すぎて気にしてなかったけど
今居る子たちはシマ子の子供たち。
シマ子の分身みたいなものだ。

それが3匹もいる。

みゃーこも子供を産んだけど
みんな里子に出してしまっていたし、
残っていた子は2歳にもならずに
旅立たせてしまった。

ちーとちゃーは出産してない。
だから、子供が遺っているって事は
初めて。

シマ子が旅立ってから、子供たちが
やたらシマ子に似てる気がして
不思議で仕方がなかった。

元々似てる所があったのかも。
それでもずっと離れて暮らして、
一緒に暮らし始めても共同生活が
できなかったからそうゆう概念が
そもそもなくなっていた。

やっぱり親子なんだなぁって話す。
ふとした顔が似てる。

ホシはもともと柄も似てるから
そう思っていたけど、シマもトラも
なんとなく似てるのだ。

もちろんシマ子とは違うから
だから寂しくないって事もないけど…

それでも遺してくれたわけでもなく
ただそうなっただけだけど、
子供がいて良かったなぁと思った。
今まで思った事なかったから。

旅立って、おほねになったからと
言って、何もなくなるわけではないけど
やっぱりなんか失くしてしまった様な
気がして仕方がない。

だけど、この子たちがいる事で
全部失くしたと思ったけど
ちょっとだけ遺っていたのだなぁと
少しだけ安心したりもした。

家でのシマ子の気配は
日に日に薄くなってる気がする。
私の気持ちのものなんだろうけど。

でも、猫たちがあまり反応しなく
なってるからそうなのかな。

次の準備に本当に旅立ってって
しまったのかな。

それはそれで仕方がないけど。
改めて寂しいと最近思っている。

そして、同時に色んな後悔が
未だに押し寄せてくる。
何を思っても仕方がないのに。

ずっと引っかかるのは、
歯肉炎か、口内炎か歯槽膿漏か
お口が痛かったこと。

最初からそうだったのかなぁと
思うと本当に後悔で苦しくなる。

だから痛み止めを打ったりすると
調子が良かったり、ステロイドも
何気に反応してたのではと思って。

去年の終わりや今年の不調も
全部それだったなら、
どうして早く見つけてあげられ
なかったのかなと…

不調も気づいてたから余計に思う。
もっと突っ込んで調べていたら
もう少しマシな生活にしてあげられた
かも知れないのに…

嫌がるシマ子にずっと強制を
続けた事に関して後悔はない。
そうしなければもっと後悔しただろうから。

だけど、できる事なら少しでも自力で
食べて欲しかったし、生きる為に食べる
その行為をして欲しかった。
本当に食べる事が好きな子だったから
それが苦痛に変わってしまったのが
本当に申し訳なくて。

これももう何回もココに書いてるけど…

何回言ってももう何も変わらないけど…

どの子も後悔はたくさんあるけれど
ここまで後悔だらけなのが初めてで
自分でもよくわからなくなってるのかな。

病気が発覚してから今日まで
泣かなかった日がない。
なんの自慢にもならないけど。

なんでこんなことになってしまったの?
と、ずっと思って来た。

お世話してる時は、どうにもならなくて
地獄の様だとも思った事がある。

でも、本当の地獄は今だった。
すべてが終わってしまった今。

何かしてあげたくても何もできない。
撫でる事も、抱きしめる事も
何も。

病気の事を話した時友達に
やれることは全部やってあげて、
今しかやってあげられないから、と
言われて、本当にそう思った。

いつか何もできなくなるってわかってた
それでもわかりきってなかったなと
今は思う。

何もできないって地獄だよ。

本当に後悔ばかりだけど
お世話たくさんさせて貰えたことは
心底感謝してる。

そう思ってやったお世話だったけど
今になってもっともっと思う。

だからこそもっとできたんじゃないかと
思ってしまうのだろうけど。
実際そうだろうしね。

シマ子はずっと私と寝ていて、
私が寝る準備が出来たり、
大体0時~1時くらいの間に部屋に来て
それまでの22時以降の親が寝る時間は
両親の部屋で寝ていて。

だけど、意外と一人で寝るのは大丈夫で。
病気になってからも、お風呂の時とか
母親が一緒に寝ててくれたから
ちーやちゃーの時みたいな
今どうなってるか、みたいな不安もなく
過ごせていたから今もその時間には
そうダメージはない。

だけど、いざ寝るってなった後、
やっぱり色んな事を考えてしまって
眠れなくなってしまう。

夜更かしが好きだったので
夏はベッドの上、冬は私の膝の上に
いつもシマ子はいて、明るい部屋で
私が寝るのを待ちながら寝てた。

お世話も感謝してるけど、
やっぱり元気な時にもっともっと
一緒に居たかったし、
その時間を大事にしたかったなぁ。

本当なら今頃、夜食の時間だと
鳴いて呼んでいただろうに。

一人で寝るのは大丈夫だけど
絶対朝方は起きてしまう。
絶対起こされていたから。
あの手この手で眠りの深い私を
起こしてくれたなぁ。

いつも賢すぎて思わず笑って
起きてしまう事が多かった。

なんで6年しか一緒に寝れなかったん
だろう。なんなんだろう。

そんな事をずっと考えてしまう。

ずっと暇でいるからいけないと
思うけど、まだ力が出ませんよ。
まぁ強制的に出さないといけなくなる日も
そう遠くはなさそうなのだけど…

本当に誰にも会いたくなくて、
友達からの誘いもまだ断っていて
心配してくれてるのもわかるから
申し訳ないのだけど…

本当にこればっかりはどうにもならない。
だけど、もうそろそろそれも終わりに
しないとなぁとも思ってる。

頭からシマ子の事はずっと離れない。
それは当たり前だし、それはそのままで
脳みその少しはシマ子にあげたまま
私は私の生活をしないとね。

今は全く遊びたいとか考えないけど
働く事はしないとなぁと。
生活を整える下半期にしたいかな。

シマ子の病気が分かった時は
まだ5月でカレンダーは半分以上あったのに
もうあと4枚しかない。

きっとあっという間に過ぎてしまうの
だろうな。
でもどうだろう、まだ色んな事があるから
それをまた家族で乗り越えないとだ。

自分や自分の家が大変な時こそ
周りの人たちには幸せであって
欲しいと願うけど、そうじゃない事もあって
手を貸したりする余裕がない自分が
結構嫌だったりする。

何か起こっても、起こる筈のない事なんて
そうそうない。

何か起こる可能性はすべて少しはあって。

だからこそ、日々を大切にと生きてきた
つもりだったけど、全然足りてなかったと
改めて反省してる。

忙しく自分の事ばかりを優先してきた
去年末から4月までを本当にやり直したい。

でもそれが無理だから、
今度こそちゃんとしっかり周りを見て
目の前の事をしっかりやっていこう。

大切なものはまだまだあるから。

泣きながらでも歩いていかないと。

もう泣くのも飽きたんだけども。
止まらないからどうにもならないや。

私自身も身体壊さない様に
気を付けて過ごさないとね。
私倒れたらどうにもならん。
特に今は。

ゆっくり整理して、立て直して
新しく歩いていこう。

シマ子、どこでのんびりしてるの?
ごはんちゃんと美味しいかな。
まだまだ寂しく思ってしまうけど
こちらはきっと大丈夫だからね。

シマ子は次にうちに来る準備を
頑張ってください。

絶対忘れないでよ。

ここで待ってるからね。

シマ子。
本当にごめんね。
色んな事、ごめんね。

そして、ありがとうね。
うちの子になってくれてありがとう。

ありがとうね。
大好きよ。

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2週間。 [日々。]

シマ子が我が家からおいとましてから
2週間が過ぎました。

全く早くない。

というか、むしろもっと前から居ない
気がしてならない。

なんならすべてが夢だったのでは
と思う位に。

不思議だなぁ。
あんなに一緒に居たのに。

相変わらず写真を決めきれないでいて
そうなるとフレームも決められない。
暫定は飾ってあるけど。

もっとかわいいのになぁ、と
なんで寝てる写真ばっかなのだ、と。

だってずっと寝てたもんね。
起こさないと起きない位に。
歳取ってたって事なんだろうけど。
あと写真嫌いだったからなぁ…

何気ない動画をいくつか撮っていて
それは撮ってて良かったなぁと思う。
なんてことない風景なんだけど。

でもそれが一番幸せだったり、
元気で楽しくいれた大抵の日々
だったりするから。

病気でもかわいいし、大切だけど
その時はやっぱりしんどさを想うから。

ホント、なんで今ここに居ないのだろう。

不思議。

シマくんの細菌性膀胱炎の疑いは
とりあえず一般の抗生剤を使える菌と
わかったので投薬開始で様子見。

2週間も飲まなくてはいけないのか…と
思いつつ、なんとか2週間で終われと
心底願ってる。

前回は3ヶ月。
しかも耐性菌。
効く抗生剤が2つのみという。

ホントその菌が居なくなってて良かった。
病院連れて行かれたりだとか、
投薬のストレスも長引いた原因かな。
むしろ悪の連鎖だったんだろうな。

抗生剤を使う事で、大事な菌も減って
お口の中も悪くなったのかなぁ。
1キロ近くも減ってしまった体重は
未だに戻らないまま腎臓病になったし
体重増やすのが至難の業だ。

トラくんは順調に食べてくれていて
少し増えたのだけど…
これからは増える時期だから
シマくんも少しは身になって欲しい。

というか、まず食べる量が増えないと…

シマくんは投薬なんてもってのほか!
ってくらい嫌々ばっかりの子だったけど
何度も膀胱炎になったりして
サプリを始めてから少しずつ慣れてって
今はシリンジでお水を飲むのが
とても上手になった。

ホント、練習しかないよなと改めて思う。

シマ子は全然ダメだったから。
ダメだと思ってずっとやって来なかったから
あんなにお互い苦労することになった。
これは生かさないと。

トラくんはお世話が嫌いじゃないから
なんとかなると思うのだけど、
シマ子に一番似ているホシはヤバイ。
お薬くらいはいける気がするけど
病気知らずだからあんまり経験ないから。

サプリとかで慣れていかないとね。
投薬がストレスになるなら、
ストレスにならない様に準備するのも
ひとつかなぁと思う。

シマくんが出来るようになったのは
本当に凄い事!って言えるくらいに
無理だったから。

ちょっと口に入れようもんなら
頭振って絶対無理だったし、
錠剤もなんとか吐き出そうとして
何度も何度もえずいてたし。

今はスッと飲める。
その後のお水もすいすい飲める。

ただ、二人がかり…

本当は一人でやれた方がいいけど…
お水飲ませるのは一人でもいけるし
お薬も多分大丈夫だけど、失敗したら
全然ダメなのよね…
まだまだこちらが精進しないと。

今回の潜血反応が、膀胱炎なのか
腎臓からの出血なのかが
わからないけど、出血してると
たんぱくとかが多く出るらしく…
外注の尿検査に出せないのよね…

今は療法食食べれてないから
少しでも指針が欲しいのだけど…
できればc/dでも食べてくれたらなぁ。

たんぱく質の過剰なカットをせずに
なんとか体重維持して筋肉も維持して
頑張れたらなぁと思う。

トラくんの検診の結果もシマと同じで
CREが上がっていたのだけど
BUNは上がってなくて謎。

まぁ、上がってない方がいいけど
一応トラはSDMAやっててまだ基準内だから
そこまで進行はしてないという見立て。
何年かそれで頑張れているから
トラくんは優秀。

シマも膀胱炎の疑いが晴れたら
一度SDMAやってみようと思う。

この検査は結構調べると賛否あるけど
あくまで指針というか参考として
やるのはいいんじゃないかと思う。
それで安心!と思わなければ。

色んな検査で複合的に判断するといいと
思うしね。
腎臓に関しては検査結果だけでは
すべて判断しきれないと改めて思うし
検査結果より、その子が日々の生活を
どれだけ楽しく過ごせるかが
一番大事と思うから。

そこをシマ子には何もして
あげられなかったから本当に申し訳ない。
まぁ、なにも、って事はないか。
でも大事な事が欠けてしまったから
やっぱりね…申し訳ないわ。

うちは、29年間猫がいる生活なのだけど
大体、7~8年周期で新しい子が来る。
これはなんとなく気づいた事だけど。

でも、みゃーこが7歳くらいの時に
ちーちゃーが来て、シニア期に入る頃の
みゃーこに多分刺激があって、
ちーちゃーが8歳くらいの時に
トラくんたちが来て、また同じ感じ。

そして、トラくんたちが8歳くらいの時に
シマ子が我が家に入ったのだけど、
子猫じゃなかったから、まさかの
お先にお暇されるという結果…

これでもううちには来ないのかなぁと
思ったりするけど、シマ子のお暇が
少し早かったから、来年から再来年が
その周期に当たるのよね。

さてどうなるかな。

私の予想では、美人で尻尾の長い子が
きっとくると思います。

母親はもう絶対嫌だと言ってるけど。

みゃーことシマ子は美人で尻尾が
長かった。
後の子はそこそこの尻尾の長さ。
でもまぁそこそこ美男美女と思うけどね。
親ばかか。

ずっと猫が居ない時間がない生活だから
もしこの先誰も居なくなってしまう時が
来たらどうなるんだろうなぁと思う。

どうもならん、ただ寂しいだけだろうけど。

まぁそうだとしたら、それは今の子たちを
しっかり見送れという事なんだと思って
努めますけど。

とは言え、毎年も辛いし、一気にも辛いので
こちらをおもんばかった配慮をお願い
したいと思います。
ねぇ、神さんよ。
そして、トラくん、シマくん、ほっしゃんよ。

とにかく、少しでも元気で一緒に居られる様に
こちらが頑張らないとね。

まだ全然気力が溜まらなくて困ってるけど。
ため息止まらないもんな(苦笑)

まぁそれもぼちぼちいきますよ。
無理しないと決めたから。

あと、元の生活に戻るという発想を
やめたから。

あの時間があった上で、新しい時間を
築いていきたいと強く思うから。

今度こそ全部背負って持ってくから。
猫の何匹も大した重さじゃない。
かわいさしかない。

これからの新しい時間が
うちら家族にとって幸せであるように
頑張っていこうと思う。

まずはシマくんを太らせたい!

シマ子ずっと愛してるよ。
ずっとそばにいるからね。

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まだまだ。 [日々。]

まるでまともになる気配がないな。

しかし、シマくんの腎臓病があり、
今日おしっこ持ってったら
またもや血尿…そして細菌…
春の悪夢をまた繰り返さないために
培養をお願いした。

もう腎臓の機能が落ち始めてる以上
できるだけ余計なお薬は使いたくない。
本当に春は手強かったから。
抗生剤を3ヶ月も飲み続けるなんて。
しかもほぼ効いてないやつ。
もうあれは絶対嫌だ。

トラくんも検診に行ってきて、
血液検査は外注の分だから
まだわからないけど、
レントゲンでは何もなかったので
一安心。

シマは少し前に撮ったからいいかと
思ってやめたけど、ホシは全く撮って
ないから一応今度連れてってみよう。

シマ子の肺の事もいきなりだったし
ちょっと神経質にもなってしまう。

シマはもうリンの吸着剤始め、
色んなサプリも慣れる為にも
始めていいですよ、との事。

今まで、ちーもちゃーも見つかったら
末期だったし、今回シマ子もすぐに
急性になってしまったから
早めからの治療が初めてだから
どれくらいでいけばいいか迷う。

今の所やれるとしたら、
カリナール1、ネフガード、美ちょう寿かな。
全部シマ子が置いていったもの。

カリナール2もあるのだけど
どうもうちはみんなこれで便秘っぽくなる。
気のせいかもしれないけどなるから
これは今後も使わない方向かな。

シマはすでに便秘っぽい感じがあって
これは食べるのが少ないのもあると
思うのだけど、便秘は万病の元だ!と
シマ子の事でも痛感したのでケアは
厳しくやっていかねば、と思う。

というか、何もかも腸内環境なんだなと
色んなものを読んでも思うから。
人間もそうだし。

そうなると、ネフガードも不安。
でもあるから使ってもいいかなぁ、と。
そして、なくなったら今度は相談して
クレメジンにしてみたいなと思う。

今回シマ子に全然効き目を感じず
便秘になっただけだったし、
クレメジンのが便秘するから
そのケア必須だけど、一回試して
みてもいいかな、と思って。

シマはまた体重が減ってしまったし…
なんやかんやで焦る。

それでも病気に立ち向かえるほど
私の元気がまだ充電できてないのが
一番問題なんだけど…

シマは少し前に関節炎を指摘されて
アンチノールという脂肪酸のサプリを
そろそろ1ヶ月くらい使ってる。
思った以上に効果を感じないから
あともう1ヶ月使って微妙なら
別の脂肪酸に変えようと思う。

脂肪酸も腎臓には良いというし
シマはウェットにいろいろ混ぜると
食べてくれないので難しいのだ。

カリナールも結構微妙だった。
食欲が少しでも減退してたら
食べてくれない感じがする。

ホント、今この状態だとこの先
絶対大変だし、緩和ができないから。

でも、現状細菌性の血尿があるし
どこまでやったらいいか迷う。
悪化したとして、それが原因か
そうじゃないかがわからなくなるし。

今の所頻尿もないし、培養まで待てる。
もし、新しいサプリで悪化したら
イチバチで抗生剤を飲ませる事に
なってしまうだろうし、シマは耐性菌に
やられていたから今回も本当にビクビク。

お金も時間もかかるけど、
細菌培養は大事だと思う。
耐性菌出てしまったら、キツイ薬が
必要になってしまうし…
最悪効く薬がないって事になって
しまうから…恐ろしい。

シマは口の最近が原因で
おちんちんから感染してるのでは?
という感じなんだけど、
今はセラプトというお口のサプリで
口臭もないし調子良いと思って
いたのに。

シマは誰かが旅立った後、
絶対体調崩す…
ちーの時もちゃーの時もそうだった
気がする…

猫が居なくなったという事よりも、
人間のダメージに反応してるのでは?
と思う所もあるので申し訳ない…

トラくんも食べ物であろうアレルギーが
キツくなってきて顔が痒くて…
そろそろロイカナ絶廃したいわ…

ブルーバッファローのサンプルの
食いつきが結構よくて試してみたら
余計酷くなって焦ったし…

もしかしたらシマもごはんかも…

ただでさえごはん問題で難儀してるのに
今なんとか気に入って食べてくれてる
ごはんがダメとは…
ジャンクなものは食べてくれるけど
もう今後は厳しいからなぁ…
そしてそれも3日と食べない…

元々そこまで食い意地はってないから
こうなると本当に大変だ…

シマはCREが少し高くて、
BUNはギリギリ範囲内なのだけど
何が不快なんだろうなぁ…

実際猫によって症状はバラバラだけど
大体の指針みたいなのが欲しいわ。
まぁ、独自でやられてるのと、
古い情報のままのところとか色々で
新しい事が共有されてないのだろうなぁ。

シマ子は前の病院で薦められるまま
腎サポを9歳くらいからずっと食べてきた。
多分早かったんだなぁと思う。

今でこそタンパク質を制限しすぎない
という動きがあるけど、前はなかったし。
私自身もたんぱく質は悪!!って
思ってたもんな。

まだ少し若い時から、しかもたんぱく尿
出もなかった時から食べてたからか
足の筋肉は異常に少なかった。

そしてトラもずっと食べてるけど
後ろ足は細い。

シマも年齢もあって腎臓食と半々とかで
やってたら、痩せたタイミングもあってか
後ろ足の筋肉なんて半分くらいになった。

筋肉を守る事がどれくらい大事か
そこまで勉強出来てはいないけれど、
完全に肉食という動物の栄養源が
植物じゃ良いわけないからなぁ。

かと言って、腎臓に難ありだと
少しでもたんぱく質多すぎると
テキメンに症状が出てしまう。
ちーがそうだったし、シマ子も後半は
そんな感じがあった。

スペシフィックは穀物中心で
それだけずっと食べるのは躊躇するけど
あれだけ数値が高かったシマ子には
悪くはなかったのかなぁと今は思う。
カロリーは高いしね。

適たんぱく質ですよ、とかいう記事を
たくさん見かけるけど、結構難しい。

うちは小さいころソリッドゴールドで
育てたからアメリカ系はいけると
思ったのに、トラはアレルギーが出た。
穀物とかではないと思うのだけど。

そして先生からは小さいころに
食べてたものの方がアレルギー出やすいと
言われて、まじかー!ってなった。

ヨーロッパ系はいいなぁと思うけど
食いつきがやっぱイマイチなんだな。
アニモンダ、フォルツァは無理だし
これから色々試してみようと思うけど
療法食も食べれないといけないから
腎サポからk/dに変えたい。

でも、k/d人気ないのよな…

シマはずっとc/dだったけど今はもう
見向きもしないし他の子も食べない。
というか、ホシは丸のみで吐き戻すから
食べさせられない…

ホント、昔からごはん問題は
定期的に起こっては頭悩まして
頭ボーンってなって諦めてる…

3匹とも調子がすこぶる悪いわけでも
ないから色々試していくしかないけど
ホント頭痛い。

少なくともシマとトラは早めに対処
しないと、トラも痒くてかわいそうだし。

もっとシマ子の事考えてたいのになぁ。

こないだ友達と話しをしていて、
シマ子はさいごまでシマ子の顔だったと
いう事を言っていたら、

シマ子はみんなに見守られていたから
ちゃんとシマ子のままでいられたんじゃ
ないかと言われて、すごく救われた。

私はシマ子のプライドを守りたかった。
だけどごはんも自力で食べさせる事も
できず、色んな事でシマ子のプライドを
傷つけてきたんだろうなと思ってて。

猫が猫として全うすることを一番に
思って来たのに何もできなかったと
それもかなり後悔だったのだけど、

もし、シマ子がそんな中でも
病気の苦しさに負けなかったのが
私たちと一緒にいれた事が少しでも
勇気や幸せになってたなら
嬉しいなぁと思う。

ちゃんと愛情のやりとりをできてたと
思うけど、そうゆう風には思ってなくて
話してて、そうなのかなぁと思えたのは
本当に有難かった。

シマ子は痩せたけど、
見るからに病気という顔には
本当にならなかった。

一生懸命頑張ってくれてたのだと思うけど
その頑張りの中にうちら家族がいたなら
良かったし、改めて孝行猫だなぁと思う。

もちろん痩せた事で病気っぽい顔には
なったけど、本当にもうダメだ…と
いう顔には1度もならなかったからね。
本当に強い子だったなぁと思う。
頑張ってくれたんだなぁと。

もうおうちには居ないのかと思って
そろそろ次への旅立ちの準備?と
思ってたら、タワーの一番下から
ギロリと見られた気がする。

あぁ、居るのね、ごめんね、って。
もちろんまだまだ居てくれてよいし
きっと私の事心配なんだろうしね。

あと、シマだったりホシだったりの
顔がシマ子にめちゃ似る時があって
たまに身体借りてるのかなぁと
思ったりもする。

大丈夫ですよ、正気です(笑)

だったらいいなな気持ちも
あるんだろうけど、
なんとなーく感じるからねぇ。

そんな中で、ちゃーの事を
思い出していたのだけど、
ちゃーはほんとすぐに居なくなって
しまったなぁと。

その時は特に大きく考えてなかったけど
ちゃーはちーの所にいったんだなぁと
思った。

シマ子がここにいてくれる様に、
ちゃーは一足お先に旅立ってしまったから
寂しさとかそこまで見せなかったけど
それでもすぐにちーの所にいったんだと
なんとなくふと思って、良かったなぁと
もう3年半くらい経ってしまったけど
そう思えた。

てか、2年連続で見送って、
まだ3年半しか経ってないのに
また見送らなくてはいけなかったのか…

この先もどんなスパンでどうなるか
わからないのが怖いなぁ…
心底恐ろしい…

でも、今度も今までと同じように
猫たちのプライド守れるように。
猫としての生活をちゃんとできるように
サポート頑張らないとね。
まだ元気ないけどね(苦笑)
言ってる場合じゃないか。

シマ子、まだまだおうちで
ゆっくりしといてね。
次の準備はぼちぼちでええやんね。
ごはんちゃんと毎日置いておくし。
美味しいやつを、新しいやつをね。

そいで、いつになったら夢に
出てきてくれるのかね?
本当に旅立ってからなのかね?
それならそれでいいけども。

そろそろもう1回抱っこしたいなぁ。
お顔よしよししたいなぁ。
かわいい声も聴きたいなぁ。
シマ子。

本当にもう会えないんやねぇ…
でもまたいつか会えるもんね。
きっとうちに来てよ。
間違えないでよ。
覚えといてよ。

シマ子、だからそれまではせめて
夢で会わせてよ。
お願いね。

何回も呼ぶからね。
シマ子。
こっちは忘れないから大丈夫だからね。

もう少しメソメソするけど許してね。
ずっとありがとうね、シマ子。

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しつこい。 [日々。]

しんどい。

自分でもしつこいなと思う。

でも、気づけばため息が出て、
それが言葉になったら、
あーぁ、でしかない。

とは言え、普通には過ごしてる。
お腹も空くし。

こんな事をしている少しの罪悪感と
悲しいのだから仕方ないという
諦めと。

残ってる写真を色々見ても
寝てる写真ばっかりで。
カメラが好きじゃなかったから
かわいい顔も少ない。

動画はもともとあまり撮らないから
大してない。

それでも、毎晩毎晩夜食の度に
わーわー鳴いていた動画があった。
元気がなくなってきたからは
そんな事一切しなくなっていた。

でも、私とシマ子の生活では
それがいつもあったから
覚えておくならそっちがいい。

シマ子と他の子の部屋を
入れ替えてリビングでごはんの時
呼びに行ってベッドから下りて、
ノビッとしてぼっちぼっち歩いて、
私が来ないと待って、振り返って、
階段をとっことっこゆっくり下りた。

それも毎日毎日繰り返された事。
それもなんとなく動画に残っていた。

あの時間を少し気に入ってたからかな。

他の子は3匹一緒だけど
シマ子はいつも部屋にひとりだから。
やっと呼びに来てくれたって
思ってたろうなぁ。

部屋を覗きに行ったら、
呼ばなくても絶対返事していたもんな。

基本的に寝る事が多くなっていたけど
もっともっと一緒に遊べばよかったよ。
今更過ぎるけど。

どうやったらまだ一緒に居れたかなと
やっぱり考えてしまうけど、
食べてくれなかった事を思うと
どうしても限界だったのだなぁと
思ってしまう。
それがまた悲しくてね。

どうしたって一緒に居れなかったのか
と思うのもまた悲しい。

14歳という年齢は私の中では
まだ若い。

みゃーこが16歳目前で旅立ったから
やっぱりそれが基準になってしまう。
ちーは16歳、ちゃーは17歳だった。
25年前に2歳にもならない子を
見送った事もあるけれど。

せめてあと1年、2年は一緒に
居たかったなぁ。
だから余計無念さがある。

ちーとちゃーとのお別れも辛かったけど
どこか全うした気がしていたから
少しだけ気持ちが違うのだろう。
悲しいのは全く同じだけど。

その気持ちが強くなったのは
おほねが返ってきた時。

めちゃくちゃきれいなおほねだった。

手の指のまできれいに残っていて、
尻尾も長かったからたくさんあった。
足もすごくまっすぐ頑丈に見えたし、
何一つ欠ける事もなく、
そのままなんだろうなというくらい
きれいなおほねだったのだ。

あまりにきれいで悲しくなる前に
驚きで涙が出なかったくらい。

まぁ、そこがきれいに残るように
火力もあったのかも知れないけど。

同じところで他の子もやって貰ってるけど
あんなきれいなのは誰も居なかった。

だから余計まだまだ若かったし
本当なら生きれたんだろうなと思うと
やりきれない気持ちにもなった。

最初に言ったように、
色々思い出すと難しかったのだと
また思うのだけどね。

ずっと痛かったであろう
右の奥歯の歯だけがすすけてた。
そこだけ。
他の奥歯も残っていたけど。

おほねはちーたちと同じ場所にいる。
ちーたちのおほねはもう土の中だけど。
写真を飾ったりお線香あげたりする所。

いつも母親が四十九日になると
早く土に還さないと、って
すぐ埋めてしまうのだけど、
今回はいいだけ置いておくそうな。
急いで還さなくていいってさ。

ほらね、全然違う(笑)
みんな歳取ったってのもあるかな。

しかし、ホントかわいい写真が
あんまりないのが本当に無念だわ。
カメラ目線もまずないしね。

いつも誰かが旅立つと
ちゃんと写真撮っておかないと!って
思うのにまた忘れてしまうのよね。
だって、その時飾る為の、とかを
あんまり考えたくなくて(苦笑)

人間ならこれを遺影にしよう、とか
冗談交じりにでも話できるのに。
猫ではちょっと難しいなぁ(苦笑)

絶対その日は人間なんかに
比べ物にならない位早くくるのに。
まぁ、だから、って事だけど。

あんなに寝てばっかのシマ子が
ひとりいないだけでこんなに
家が静かに感じるとはホント不思議。

少し前からくるねこブログを見てて
その中で、旅立った子が
また新たな身体でやってくるってのが
あるのだけど、それがまさに私には
みゃーこであって、シマ子で。

みゃーこにやってあげられなかった
お世話はシマ子に少しはして
あげられたけど、今度は子供の頃から
ちゃんとうちで家猫として不自由なく
暮らせる様に。

今度はそのつもりでおいで。
たった6年で、病気もいっぱいする生活は
悲しいから、健康でのびのびと
たくさん一緒に居られるように
うちにおいでね。

お母さんはもうたくさんだと言うけど
お父さんはまた来るかも、と言ってたよ。
私もいつでも待っているからね。
まぁまだ家にいるだろうから
気が早いわ、だろうけど。

まぁ、そのつもりで向こうでちゃんと
お願いしなさいよ。
頼むよ。

したら、ちーとちゃーは一体…(苦笑)

今度はもっともっとたくさん美味しいの
食べれるようにするから。
もっとちゃんと勉強するからね。

まだまだ悲しいのは変わらないし
寂しいのもきっとまだまだだろうけど
少しずつ少しずつ、です。

来週にはトラくんの検診も行かなきゃ。
悪くなってない様にシマ子も
祈ってて。

四十九日が来るまでは盛大に
悲しんでいようと思うので。

その後も悲しいのは変わらない
だろうけど(苦笑)

シマ子、おいしいごはんいっぱい
食べてお腹いっぱいにしてよ。
毎日ごはん変えて入れてあるし。
缶詰もおいしいの入れてるからね。

お互い、気が済むまで居ようね。
私は居なくても居るつもりでいる(笑)

ホント見えたらいいのになぁ。

夢でよろしくよ、シマ子。
抱っこさせてよ。
好きじゃないと思うけど。

私は大好きだからね、シマ子。
まだまだ毎日名前を呼ぶからね。
尻尾ぱたぱたお返事してね。

ずっとずっと愛してるよ、
シマ子。

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落ち着かない。 [日々。]

今日は初七日でありました。

こっちは1日前から数えるらしい。
1日前はしっかり生きてたわい。

なんとなく今朝起きたら気配が
とんと薄くなってて切なかった。

でも、やっぱり消えてはない気がする。
多分まだ我が家でのんびりしている。

大体いつものルーティーンがあるから
自由になったとは言え、
今までの様にしてる気がしてならない。

あと、猫たちの視線や表情を
見てるとなんとなくそこに居るのかなと
思ってみている。

やっぱり全然生活がままならん。

まぁ、ずっと家に居て暇に過ごしてるから
いけないのはわかってはいる。

土曜日、LIVEの予定もあるけど
なんとなく行く気力が生まれない。

そもそもバイト先にまだ連絡してない。
早くしないとなんだけど、
なんだろうな、もう呼ばれないかもだけど
すぐ働ける気力も体力もないから。

ホントだらけてるなぁと思う。

これは、シマの腎臓病の事を
ちゃんと調べて対処してない事や、
父親が再手術になると同時に
良くない検査結果が返ってきた事も
大いにあると思う。

なんで、こんなに重なっていくんだろう。

きっと事の初めは去年の11月くらい
シマ子が最初に体調不良になった。

それが地味に良くなったり再発したり
繰り返している中で、
シマの膀胱炎。
もちろんシマ子の体調不良は継続、

その中で、シマの歯肉炎が悪化、
無理な抜歯で潰瘍ができてしまい、
最終的には手術するまで悪化。

シマ子の食欲不振も酷くなり、
シマももちろん食べれていなかったし
食事に関してすごく頭が痛かった。

シマの歯根と潰瘍の手術が終わり、
まだ全く食欲不振が改善しない中、
シマ子の腎臓病があらわになった。

シマのごはん問題もそこそこしつつ
シマ子の原因究明や症状改善の為
奔走してる中、父親の病気が発覚。

恐らくガンだが初期の初期だからと
うちではできないという病院での
無責任とも思える謎の励ましから
大学病院へ転院。

その前からシマ子は重篤な症状で
余命宣告され、ほぼ寝たままの
シマ子を前に泣き暮らす日々。

そこから父親は検査、入院、手術。

シマ子の強制は私一人では無理で
母親が父親の病院に行ってると
ごはんの時間がズレたり、
一人で挑戦して全然無理で
打ちひしがれたり…

父親の手術は、その時の術式では
順調でちゃんとできたという話。
でも、その後の当人の様子を見ても
手術前からある気になる症状は
全くなくなっていなかったので
なんとも言えなかったけど、

病理検査の結果が出ないと
どうにもならないと言うので
1ヶ月以上経ってから結果という事。

その間もシマ子の病状は色々とあり
父親の事は両親に任せていた。

8月はかかりつけの検診期間なので
まずシマホシを連れて行く。
シマは腎臓が良くないと睨んでたけど
7月に連れて行った時は関節炎で
終わってしまっていた。
あの時血液検査すべきだった。

そしてシマ子の病状が悪化、
通常なら1週間もあれば検診結果が
わかるのだけど、お盆休みがあり、
2週間もかかった。

そしてシマ子は旅立ち、
その日の午後、シマの腎臓病は確定。
わかっていた事ながら悲しかった。
術前検査では全く異常がなかった。
明らかに手術後の悪化だから。

そしてシマ子を送り出して3日後
父親のガンは取り切れていなかった。
しかも一筋縄ではいかないらしい
病理検査の結果となった。

いつもやきもきするけど、
ひとつひとつの検査、診察、手術と
いちいち遅い。

シマ子を手放す結果になったのは
シマ子の寿命だったかもしれないけど
これで父親が大丈夫だったなら
シマ子ともお別れも少しは納得できた
気もする。

シマ子取られて、シマも病気になって
父親もこれから本格的な闘病になるだろう。

そんな事、ただの偶然重なっただけ
かも知れないけど、
なんとなく、何かを恨みたくなる。

何か悪い事しましたかね、うちの家。

初期の初期だから大丈夫ですよなんて
最初に無責任に言うもんだから
父親も軽く考えてた。
私は考えてなかったけど。
医者は無駄に悪く言うもんだから。

そして術後も、病理結果が出ないと
何もわからないなんて、
なんて非効率かと思った。

まぁ、開腹しなくていい症例だったら
内視鏡で取った方がいいに
決まってるけど、結局取ってから
検査に出して1ヶ月も経たないと
取り切れたかわからないなんて…

言っても仕方がないけど
納得いかないものだと思った。
このご時世、そんなもんなのかと。

すっといって、再手術は9月末から
10月になるだろう。
今度は1ヶ月単位での入院にも
なるだろうと思う。

結局もう1年以上うちには病人がいて
家族は心を傷め続けなくてはならない。

ホント言っても仕方がないと思うけど
なんなの、まじで。

もうシマ子は帰ってこないし、
何かをしてあげたくてもしてあげられない。

シマは少し食欲は出てるけれど
未だにしっかり食べてくれるごはんに
出会わない。
元気そうには見えるけど1キロは
痩せてしまったし、足腰も弱った。

せめてシマ子が元気になってくれてたら。
一番ないたらればかもしれないけど
もしそうなってたら、うちの一番の
力になってたろうなと思う。

シマ子、もうちょい頑張りたかったね。
もちろんそれは私の力不足が
大きいけどね…
シマ子はもっと生きたかったろうし
生きるつもりだったもんね。

さいごの日も体温の低下もなく、
まだまだ温くて意識もしっかりしてて。

いつかは終わる事だったけど
やっぱりシマ子には生きてて
欲しかったなぁ。

そう思うならシマくんの事も
ちゃんとしないとなんだけどね。

父親の事も二人に任せてていいのか
よくわからないので、何かサポートの
カタチを考えているけど。

そうすると、新しい仕事を探すとか
ちょっとまた難しい気持ちになる。

父親の事は母親が全力でサポートする。
その母親をサポートするのは私だ。
猫の事は家族で。
先頭で動くのはもちろん私。
それでいい。

本当になんでこうなってしまったの。

ずっとずっと不安なまま。
心がずっと落ち着かなくてちくちくする。

年末までには全部落ち着いてて欲しい。
色々あったけど、無事に終わったねと
年越しそばを家族全員で食べられるように。

猫たちもしばらくは不安なく過ごして
貰える様にしないと。

シマ子とは完全隔離で暮らしてきたのに
じんわりと静かかで、違和感がずっとある。
みんな寂しい。

あんなにわがままばっかり言ってたホシが
本当に静かになった。
もうわがまま言えばいいのに。

それでも、私たちがシマ子にかかりきりで
姿も見えない時間が多かったから
そうでなくなった事で安心してる部分も
もちろんあると思うのだけど。

猫の腎臓病は本当に疎ましい。

この世からなくなってくれ。

シマくんにできる事、なんだろう。
そろそろ本当に考えよう。
もうその時は来たのだろう。

シマ子はまだ気ままに我が家で
のんびりしてくれているはず。
寂しいけど、居ない事にも
少しずつ、ほんの少しずつでも
慣れて行かないといけないし、
慣れていくのだろう。

ねぇ、シマ子。
写真を見る度に、しんどかったねぇと
声をかけてしまう。
本当にしんどかったと思うから。

だけど、うちで暮らせたことも
お母さんと一緒にごはん一生懸命
ごっくんしてくれた事も
少しは幸せと思ってくれてるかな。

いつまでもいつまでも
あの時はあぁしていれば、とか
ずっと考えてしまうよ。

だから、今度はそう思う事を
ちゃんと減らせるように
頑張らないとなんだよねぇ。

ねぇ、シマ子。
突然この家から本当に居なくなっても
ずっとずっと想っているからね。
写真に話しかけるからね。
撫でるからね。
だから安心していいからね。

シマ子はもう十分頑張ってくれたから
のんびりしていてね。
そしてこっそり我が家を応援してて。
何もしなくていいから応援してね。
みんなで頑張っていくからね。

ありがとうね、シマ子。
大好きよ。
いつか会える日をもう楽しみにしてるよ。

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味がしない。 [日々。]

ご飯の味はするけど。

所謂、生活の味がなんもしない。

おもしろけりゃ笑うし、
四六時中泣いてるわけでもないし、
普通に生活してる。

でもホントなんもたのしくないんよね。

こんなことばっか言っててもだめだし
大体の人はちゃんと仕事して生活を
してるはずだからね。

元々ふざけた生活だったから
シマ子をずっとみれていたわけだけど
思い出せば出すほどに申し訳なくて。

去年の終わりからずっと仕事はあって
結構忙しくて、遊ぶのもそうで、
そうこうしてるうちに、シマくんが
細菌性の膀胱炎になって、
それが3ヶ月も続いて、
平行して歯も悪くなって食欲なくなり
手術までする事になって。

その間にかかりつけの移転があって
色々不便な事があったり
意志疎通が上手くいかなくて
ホントにシマにも可哀想な事をした。

でも。

シマ子はきっと私が忙しくなる前から
調子が悪かった。
多分。

なのに、二の次三の次にしてしまった。

同じ見送りになったとしても、
もっと早くなんとかしていればとか
やっぱり思ってしまうから。
だって気づいてはいたから。

もちろん何度も病院行ったけど
何も見つからなかった。
だからって終わりにしたらダメだった。
しつこく調べるべきだった。

だって食欲明らかになくなる時があって
吐いたりもしてて。
でも1日で治ったように見えてたから
私もそこまで深追いしなかった。

忙しかったから。

本当にシマ子の大変さは私の所為。

もっときっと何かできたはずなのに。

後悔しなくていいと言われるけど
やっぱりそれは無理で。

私は私なりに自分で自分を叱らないと。
納得できないし。

なのに、味がないとか言っちゃいけないと
わかってるけど、どうしてもシマ子が恋しい。

抱っこが好きじゃなかったシマ子は
今年に入ってからか、すんなりと
させてくれるようになった。

抱っこして、ぎゅっとして顔を寄せて
よしよしってやるとゴロゴロいってた。

本当に最近になってからの事。

いつも夜中に親の部屋から連れてきて
夜食の前は絶対にそれをやってた。

シマが大変だったから、シマ子が一人で
部屋に居させる事が増えていて
私も仕事が遅かったから、それには
抗議してたけど、
親は、シマ子はひとりがいいからと
あまりちゃんとしてくれなかった。

ひとりでいい子がひとり寝ができない
わけないのに。

シマ子は最初の最初から誰かとしか
眠れなかった。

猫は気まま、
猫はわがまま、
猫は好きにするから大丈夫。

そんなわけない。

少なくともうちの子たちは誰も
そんな子はいない。

病気で苦労させてしまった事も
もちろん後悔は多いけど、

まだ元気だった頃に、
寂しい不憫な思いをさせていたと
思うだけで苦しくなる。

病気になってからしっかりみるのは
当たり前。

そうじゃなくて、元気に生活してる間に
どれだけ愛情を感じて貰えるかだと思ってる。

そうしてずっとやってきたはずだった。
はずだったのになぁ……

元気な頃を思い出そうとしても
私の部屋のベッドでひとり
背中を丸くして寝ていた姿ばかりが
出てくる。

私の顔を見て、ふぅん!って鳴いて、
撫でればゴロゴロいって。

ずっとずっと心細かったんだろうなぁ。

シマ子、ホントにごめんね。

いつだって見送ってから気づく事が
多すぎる。
言っても仕方ないなんて思えない。

シマ子はまだ家にいて、
気ままに過ごしている感じがする。

猫たちが一斉に同じところを見ていたり
小さな物音がしたりする。

夜は私と寝てくれてるかなぁ。

きっとこんな私が心配で簡単には
いけないだろうな。

それでも少しずつね。
少しずつちゃんと生活をするからね。
シマ子に心配かけないように。
シマ子がちゃんと次の出会に備えて
貰えるように。

本当はシマくんの腎臓病対策を
ちゃんと始めていかないとなんだけど
頭もまともに働かないよ。
慢性腎不全って言葉も見たくない。

でもちゃんとしてあげないとね。
シマ子が遺してくれたものを
ちゃんと大事にシマくんに活かさないと。

でも、もう少しだけ、シマ子の事だけを
考えていていいかな。

まだまだ慣れなんてしないから。

何度だって名前を呼んでしまうよ。

どっかで尻尾ぱたぱたと返事して
くれてる気がするから。

夢に出て来てね。
またいつもみたいに抱っこさせてね。

まだ本当には受け入れられていないよ。
まだシマ子が居ないなんて信じられない。

でもちゃんとするから。
ちゃんと生きるから。

だから夢で会おうね。

お互い寂しくなくなるまで会おうよ。

シマ子、
大好きよ。
愛してるよ。
かわいいね。
かわいいね。

シマ子、会いたいよ。
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