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一ヶ月。 [日々。]

シマ子が腎臓病と診断を受けて
今日でちょうど一ヶ月。

前半10日間の記憶がほぼない。

とは言え、最初は検査をしたり
原因を追究してみたり、
私も少し仕事に出かけてはいた。

点滴も毎日できるほど吸収も
良くなかったし、
ごはんも少ないながらも食べて
くれてたから、原因はなんなのか、
という日々の10日間。

それが急性腎不全になって、
半日入院して、おしっこが出ないとか
出たとかってやって、
数値も少し落ち着いたと思ったら
即刻リバウンド。

もう一週間くらいかも知れないと
言われてしまった。

そこからまた一週間くらいは
できる範囲での点滴と、
少しばかりの強制。

もう終わってしまうのか。

あと何日かしたらシマ子の居ない
生活になってしまうのか。

だけど苦しいのが短くで済むならば
それはそれでよい事なのかも知れない。

でも本当に居なくなってしまうの??

そんな想いで過ごしてた気がする。

不毛。

それでも頑張るシマ子を見て、
少しでも良くなってるのかもという
淡い期待も打ち砕かれる
数値の振り切り。

だけどあの日、本当に少しだけ
ホッとしてしまった。

もう無理にごはん食べさせたり
しなくていいんだ、と思った。
しんどいところに、意味があるか
わからない事をしなくていいんだ、と
思った。

でも。

結局止めれなかった。

一生懸命シマ子が何かをした
わけではなかったと思うのだけど、
シマ子の体から命が消えそうな気が
しなかったのかも知れない。

何より、顔がまだちゃんと大丈夫だと
言ってた気がする。

かかりつけで、慢性腎不全と言われ、
多飲多尿もない、著しい体重減少もない。

検査をすればたんぱく尿でもない、
比重も低くない。

どう考えてもおかしい!と思った事も
今回は良くなかったなぁと思う。

もちろん言われるがままに漫然と
ラプロスを飲ませてても恐らくは
良くならなかったと思う。

勘でしかないけど、多分最初から
急性症状に向かってた気がするから。

その原因の一つはメタカムと
思う。
だけど、まぁ複合的な理由かなとも
今は思う。

シマ子の体調不良は11月から
断続的に続いていたし、
何かおかしいとは思ってた。

もちろん病院も行ったし、
検査も2度両方の病院でもしたけど
結局理由はわからなかった。

所謂腎臓病の所見はなくても
じわじわきてたのかもなぁと
思わなくもない。
思うこともないけど。

そこにきて、メタカムを連続で
使ってしまった事は致命的だった
気がしてる。

一度に色んな注射や点滴をするので
どれが効いてどれが意味なかったか
全くわからない状況だったけど
最初の1回目は確実に元気になった。

だけど、2度目、3度目と続くと
効果はないばかりか、急性症状に
至ってしまった。

シマ子のずっと続いてた体調不良は
なんだったんだろうな。
最終的に相当な食欲不振になってて。

もしかしたら、BUNの少々の上昇も
シマ子には堪えるのかも。

わからないけど、11月から、
腎サポを一定量以上食べると
調子が悪くなり、吐いたり廃絶に
なったりしてた。

アレルギーだったんだろうか。

5年間ずっと食べてきたからなぁ。
だけど、むしろだからかも知れない。

腎サポというか、ロイカナの製品に
全部過敏に反応してしまうシマは
本当に少量しか食べられない。

だけど、食べれないものは余計に
食べたくなるようで一番欲しがる。

でも、一時期原因不明の嘔吐が
続いていたのが、ちょうどロイカナの
フードを食べていた時だった。

そして排除してからはそんな事が
一度もないし、たまに食べ過ぎてるなと
思う時はやっぱり吐いてる。

何が原因かはわからないけど、
まぁ色々理由がありそうな気はしてる。

だけど、そう思えるまでは
やっぱりかかってしまったなぁと思う。

元気ではなかったけど、
そこまで元気じゃなかったわけでもない。

ごはんも食べれていたし、
おもちゃでもよく遊んでた。

なのに、10日もしないうちに
一切食べれなくなり、寝たきりみたいな
生活になってしまった。

治る見込みがあるならまだしも
腎臓自体に完治はなく、
治療というか緩和のみ。

初期なら進行を抑える事も
あったろうけど、シマ子はすでに
中期も一瞬で過ぎてた。

本当に色んな事が受け止められず
全くついていけてなかったと思う。

特に最初の方は、受け入れ難過ぎて
吐く事はなかったけど、ごはんが
食べれずにいた。

仕事行ってもまともに動けないと
思って時間をセーブしたくらい。

みるみる痩せてしまった。

だけど、自分がしんどい方が
気が楽だったのかもしれないな。
甘えだけど。

色んな事が動いていき、
私の体もそのままじゃ生活も難しく
なっていくので、少しずつ普通の事を
やる様にしてみた。

でも、日常をなぞればなぞるほど
シマ子の非日常な生活が浮き彫りに
される様で耐えられなかった。

ごはん食べても、お風呂に入っても
涙が止まらなかった。

悲しかった。
でも、悲しかっただけでなかったと思う。
どうしようもなかった気がする。

もう何もせず消えてしまいたかった。
そんな事ができるわけもないけど。

そうして情けない日々を過ごしてる時も
シマ子は粛々と日々を生き、
身体を休め、もしかしたら治療もしてたの
かもしれない。

情けない姉を横目に。

いつも書いてるけど、今が決して良い
状況というわけではない。

だけど、一番悪かった時よりは良いと
思いたい気持ちがある。

あと、奇跡が起こるのではないかと
思わないわけでもない。

だけど、それを本当に口にして
思ってしまったら、泡のように消えて
しまうのではないかとも思ってた。

まぁ、奇跡っていうか、シマ子が
頑張った結果なだけなんだけど。

だったらもう今も奇跡だと思う。

多分先生からももう難しいと思われて
しまっていたし、あまりギリギリまで
強い処置をしない先生だから
あとはゆっくりしましょうという事だと
思ってる。

だけど、そこからシマ子は自力で
数値下げたからね。

静脈点滴でもなく、大量の皮下点滴
でもなく、17時間に1度の50mlの
皮下点滴で10日かけて下げた。

すごい事。

静脈点滴でも結局は半日で180ml程
しか入れられてなかったけど。

点滴がほどよく吸収される様に
なってきたのは嬉しいけど、
おしっこもたくさん出るのは嬉しいけど
結局それが腎臓病って事なんだと
改めて突き付けられた気もしてる。

シマ子にしたら、なんかダルイし、
ごはんもいらんけど、
まぁのんびりやらしてよ、って事かも
しれないけどね。

日々の小さな変化とか、出来た事とか
喜ばしい事が起こると同時に
一瞬で終わってしまうのかなとか
思ってしまうから自分で厄介。

先の予定の事を考えた時、
その時シマ子は居るのかなと
やっぱり考えてしまう。

今の状況ではまだ外出も長時間は
難しいし、仕事もどうしたもんかという所。

色んな楽しみだった事を
全部反故にしてる現実は
きっと何年か経ったら、そういえばと
思うかも知れないけど、
やっぱり置いていけないから。

最初の頃は楽しむこととかも
日常のひとつだから受け入れられなくて
絶望に浸ってた。

今は少し笑う事もできる。
お腹も空く。
一緒にすやすや眠る事もできる。

シマ子の今と私の日常がやっと一緒に
なってきたなと感じる。

この時間がどれくらい続くのかなぁ。
またくだらない事を考えてしまう。

答えは、シマ子が生きる限り。

きっとそれだけだろう。

ずっと最後の日に怯えてる。
いつかの日がリアルすぎて辛い。

それでも歩いていくしかない。
そこに全員が向かっているのだから
一緒に歩ける事を喜べるようにしたい。

キレイさっぱりシマ子の体から
悪いものがなくなってくれたらいいのに。

全部夢だったらいいのに。

絶望の中にいる時に見た夢は
すごく普通の日常で少しだけ幸せな
夢だった。

現実とバランスを取ってるのかも
しれないなと思った。

しばらくしたら、なんだか怖い夢を
見るようになったけど。

今は多分熟睡してる。

まだすべてを受け入れられるわけでは
ないけれど、少なくとも一緒に歩いて
いけている事には感謝していないと。

何歳になっても、むしろ歳を取れば
取るほど、お別れも何もかも辛くなって
しまうのだと知った。

慣れなんてあるわけないけど。

なんとか今日を繋いでいきたい。

明日、少しでも笑って過ごせるように。

シマ子との時間をめいっぱい味わい
尽くせるように。

忘れないでおこう。

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