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じごく。 [日々。]

夜になるとじごくだなと思う
ようになってしまった。

朝が来ることはある意味幸せで
つらいこともいつかは終わると
思わせてくれる。

だけど今は、明日が怖くて
たまらない。

このところ、言葉にならない不安や
恐怖がずっと続いている。

少し増やしたごはんもちゃんと
食べてくれてる。
しんどいながらも頑張ってくれてる。

なのにそれを素直に喜べてない。

あったかい身体を撫でては
この温もりはそのうちなくなって
しまうのだ、とか考えてしまう。

どうして今この状況に心底感謝して
心底喜べないのか自分で嫌になる。

病院に行くと少し安心する。
なんか意味のあることをやったような
気持ちになるからだと思う。

シマ子とずっと一緒にいたいと
心底思うのに、
それに対して心底信じれない。

もちろんこの病気を知ってるから。
今乗り越えても終わりは必ず
そう遠くない未来にやってくる。

毎日少しずつ衰えていく姿を
毎日少しずつ変わっていく反応を
受け止めるたびにこれはじごくかと
思ってしまう。

こんなに大切ないのちを
何故しっかり守りきれなかったのか
ひとつひとつ紐解けば、どうにか
できた事ばかりだと思う。

春になっても、
やたら膝に乗りたがるシマ子に
病気の影を感じなかったわけじゃない
なのに、なんでその時にちゃんと
病院に行って元気にしてあげれな
かったんだろう。

シマの事があったからとは言え
それはお粗末すぎる。

本当なら病気なりにもそれなりに
元気に暮らせていたはずなのに。

このじごくは私が作ったじごく

私が作ったなら私が終わらせなければ
終わることはないでしょう。

でもこのじごくは一生私のなかに
残り続けると思う。

このじごくからはもう逃げられない。

シマ子が居なくなっても。

シマ子は今どんな思いなんだろう。
生きる事を強制しながら
生き続ける事を信じきれない私に
何を思ってるだろう。

ただ一緒にいれる時間を大切にせず
悲観ばかりで希望も持たない私は
一体なにをしたいんだろうか。

やはり残りの時間はそうないと
感じてしまう。

その時間をじごくにしない為には
私は何をすればいいだろう。

もう迷う時間さえなくなったように
思える。

何をしてあげられるだろう。

じごくのまま私は生まれた日を
迎える。

私は一生この日を忘れる事はない。

でも忘れられないならそれは嬉しい。

忘れたくない。
ツラいことも、楽しかったことも
こんなじごくさえも。

どれだけ吐き出してもなくならない
どれだけ泣いてもどうにもならない

それがじごく。

私の40代はじごくではじまる。

でもそのじごくには、あったかい
シマ子がそばにいる。

居ないと思っていたシマ子がいる。

じごくはつらい。

でもあったかい。

シマ子、本当に本当にありがとう。

うちを選んでくれてありがとう。

じごくはつらいけど、その日まで
絶対一緒にいよう。

ちゃんと手を繋ぐからね。

ちゃんと抱きしめるからね。

謝っても謝っても謝りきれない
すべてのことをシマ子も
忘れないで。

ずっと覚えてて。

ね、シマ子。

こんな姉でごめんね。
本当にごめんね。
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